街道をゆく「湖西のみち」北小松と堅田の話(滋賀県大津市)

北小松の町並みと113系の走る風景

前々回、琵琶湖の西を通る「西近江路」(北国海道)のことを書きました。(1月11日、西近江路の町「衣川」を歩く(滋賀県大津市衣川)

その中で触れなかった話を、補足として書いておこうと思います。
司馬遼太郎さんの『街道をゆく』の冒頭に出てくる「湖西のみち」の話です。

最初に読んだときは「湖西のみち」とは西近江路(北国海道)のことかな?くらいにしか思っていませんでした。

今改めて読み返すと、「湖西」とはどこをさすのか、そして北小松の箇所で堅田の話が出てくることに気づくなど、再認識させられることばかりでした。忘れないうちにここに書いておこうと思います。結構長文です。

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今堅田と本堅田の”Before and After”(この数年で変化した場所の写真)

2020年1月11日に滋賀県大津市今堅田本堅田を撮影して、変化に気が付いた場所を掲載してみました。

数年ぶりに訪ねた場所もあるので、今年になって突然無くなったと言うわけではないのでしょうが、記録として残しておきたくて記事にしてみました。

今回取り上げるのは次の4箇所です。

1.海蔵寺の駐車場(滋賀県大津市今堅田1丁目)
2.堅田漁港の水路脇(滋賀県大津市本堅田2丁目)
3.都久生須麻神社の枝垂桜(本堅田2丁目)
番外編:伊豆神社の駐車場(本堅田1丁目)

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1月11日、琵琶湖畔「本堅田」を歩く(堅田漁港から浮御堂、おとせの浜を経て伊豆神社と祥瑞寺、神田神社)

1月11日(土)に、堅田と衣川地区をぐるっと歩いて撮影してきました。JR堅田駅から琵琶湖の方向へ歩き、今堅田(前々回~前回掲載)を経て堅田漁港に向かいました。

1月11日、琵琶湖畔「今堅田」を歩く

本堅田は中世(室町時代)に琵琶湖最大の自治都市として栄えたところで、居初邸や伊豆神社には当時の記録が残っています。トンチ話でおなじみ、僧侶の一休さんが悟りを開いたのは、本堅田の祥瑞庵(現在の祥瑞寺)でした。

浮御堂を始めとする数々の社寺が残り、琵琶湖畔の遊歩道と「おとせの浜」、落ち着いた町並みが美しい「本堅田」の風景をお届けします。

堅田漁港入口の松と漁協会館
堅田漁港入口の松と漁協会館(滋賀県大津市本堅田2丁目)/ Katata Fishing Port ( Honkatata, Otsu, Shiga, Japan).
堅田漁港
堅田漁港と漁具、正面に三上山(本堅田2丁目)/Katata Fishing Port.

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本堅田、琵琶湖畔の静かなお正月の風景

浮御堂北湖岸2017年元旦

前回は1月1日に撮影した今堅田の風景を掲載しましたが、本堅田もちゃんと撮影してきましたよー!というわけで、引き続き、お正月の本堅田を一挙掲載します。

ちなみに当ブログは12月27日に開設9周年となり、記念として、4回連続で、年末の本堅田をご紹介しました。

今回はそのときご紹介できなかった場所と、新年ならではの本堅田の風景を掲載します。まずは、浮御堂北湖岸の穏やかな新春の風景からどうぞ。

浮御堂北湖岸で琵琶湖を眺める家族

浮御堂北湖岸から堅田港方面

湖岸沿いに遊歩道が続いていて、浮御堂北湖岸から十六夜公園・堅田港まで歩くことができます。

冬場はユリカモメの天国で、湖上に白く浮かんでいる大群がユリカモメです。

十六夜公園周辺は、こちらでご紹介していますので、あわせてどうぞ↓

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景2(十六夜公園から浮御堂周辺)

堅田港と漁船と水上派出所

十六夜公園の対岸が堅田港です。漁師さんの漁船などが停泊しています。左の大きな建物は、大津北警察署堅田水上派出所です。

堅田港と琵琶湖と三上山

堅田港。こちらには臨時の観光船などが停泊します。対岸に三上山(近江富士)が見えていますね。対岸に三上山が見えるのは、堅田ならではの風景です。


居初邸近くの地蔵堂

堅田に多いのが、お地蔵さんと地蔵堂です。

かつてこの辺りは琵琶湖でした。堅田内湖と琵琶湖にはさまれた本堅田と今堅田の地域では、かつての水辺のなごり(守護神)として、地蔵堂が残っていると考えられています。

琵琶湖に続く路地

堅田港周辺は路地の多い場所です。琵琶湖に続く路地が至るところで見られます。


お正月の伊豆神社

お正月の伊豆神社。ご近所の方がたくさん初詣に来ておられました。

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景3(おとせの浜~伊豆神社の幸福の石~本福寺)

伊豆神社から光徳寺へ続く路地

伊豆神社から本福寺、光徳寺へ続く路地です。本福寺は年末にご紹介したので、今回は光徳寺の方向へ行ってみますね。

光徳寺2017年元旦

光徳寺。殉教者・堅田源兵衛の首で知られるお寺です。

前回今堅田のところで書きましたが、浄土真宗中興の祖である蓮如は、比叡山延暦寺から迫害を受け、堅田に滞在した時期があります。堅田は町を挙げて延暦寺と戦って負け(堅田大責)、蓮如は越前に向かうことになりました。

実はそのとき宗祖である親鸞の木像を三井寺に預けたのですが、後年三井寺から人の首を二つ差し出すなら返そうと言われます。堅田の漁師源兵衛は、蓮如を助けるために自分の首を父親に討たせます。

源兵衛の父親は息子の首を三井寺に持って行き、自分の首もはねてくれと言い、三井寺は親鸞の木像を返したという話が残っています。

浮御堂周辺5・堅田源兵衛の首(光徳寺) ~Honkatata/本堅田 164

驚くべきことに、堅田源兵衛の伝承は、実は大津市内のほかのお寺にもありまして・・・小関町の等正寺、三井寺町の両願寺です。

『滋賀県の歴史散歩』(山川出版社)を見ると等正寺だけ載っていて、「同じ人間の首がなぜ3つもあるのかは謎である(両願寺は現在非公開) 」とのこと。

私は源兵衛さんの故郷である光徳寺だといいな、救われるのに、と思っていますが、どちらにしろ悲しいお話ですよね。

実は2011年の3月に、光徳寺のご住職から源兵衛さんの首を見せていただいたことがあります。どくろ、それも小さな部類に入ると思われる、愛らしいものでした。

逢坂越7(小関越と堅田源兵衛の伝承)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(13)

 

祥瑞寺の門2017年元旦-1

前回、松尾芭蕉の句碑があるとご紹介した祥瑞寺です。新年の装いをご紹介します。

祥瑞寺本堂2017年元旦-2


堅田漁港の芭蕉句碑

こちらが前回ご紹介できなかった、堅田漁港の芭蕉句碑です。
入り口のすぐ右側に句碑があります。

「海士の屋は小海老にまじるいとど哉」(芭蕉)

堅田漁港と船

堅田漁港と漁協会館。↓こちらでも三上山が見えていますね。

堅田漁港と漁協会館


福聚院の庭砂

堅田漁港の前にある福聚院(福聚禅院)。お庭が見事です。

福聚院2017年元旦

↓堅田漁港周辺は、堅田内湖の風景がおすすめです。

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景1(堅田内湖周辺と堅田漁港)


↓映画ロケ地となった自転車屋さんのほか、神田神社、堅田教会などを掲載。

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景4(湖族の郷資料館~神田神社~商店街~堅田教会)

撮影日:2017年1月1日
撮影地:滋賀県大津市本堅田2丁目、本堅田1丁目
Lake Biwa and Honkatata town(Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真(1)】 滋賀・堅田町内巡行編1 神田神社出発から伊豆神社フナの神事まで(2016/5/14撮影) #滋賀 #shiga #Japan #photography

2016年献饌供御人行列・堅田町内巡行01

朝7時半過ぎの神田神社では、奉納の太鼓が勇壮な音を響かせていました(滋賀県大津市本堅田1丁目)。

2016年5月14日。滋賀堅田から下鴨神社へ、葵祭のためのフナとフナ寿司を奉納する献饌供御人行列に同行撮影させていただきました。(地元の方のご協力で、同行撮影は2009年より毎年続けています。)

堅田(神田神社)は平安時代(1090年)に下鴨神社の御厨(みくりや)となり、湖魚を奉納してきた歴史があります。この歴史を後世にも伝えようと、1990年より献饌供御人行列が行われています。1994年からは堅田町内だけでなく下鴨神社へも巡行する現在のスタイルとなり、現在は葵祭の公式行事となっています。

御厨(みくり・みくりや)とは、「御」(神の)+「厨」(台所)の意で、神饌を調進する場所のことである。御厨-ウィキペディア

※葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真を6回に分けて掲載しています。枚数が多いのと、レイアウト上時系列に沿って掲載したかったため、6回目(最終回)からさかのぼって約15枚ずつ掲載しています。

2016年献饌供御人行列・堅田町内巡行02

神田神社本殿。この季節はツツジがきれいです。撮影前には必ず参拝しています。

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