琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景2(十六夜公園から浮御堂周辺)

堅田港対岸で咲いていた花

当ブログは12月27日に開設9周年となりました。
12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けする予定です。

2回目の今回は、浮御堂周辺の隠れた名所をご紹介します。
冒頭の写真は、堅田港の対岸で咲いていた小さなお花です。

▼前回はこちら

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景1(堅田内湖周辺と堅田漁港)


十六夜公園と琵琶湖

琵琶湖畔の十六夜公園。公園の名前は、松尾芭蕉が十六夜の日に堅田で句会をしたことにちなみます。芭蕉はこの夜のことを、俳文「堅田十六夜の弁」に残しています。

芭蕉は40代以降、たびたび大津に滞在し、大津で89句の句を詠んでいます。
89句というのは、芭蕉の全発句の約1割にあたる数です。
そして堅田には、芭蕉の句碑がなんと、5箇所もあります!(その理由は次回)


淡水真珠の養殖用の船と堅田内湖

十六夜公園の脇にある階段を上ると、都久生須麻神社(つくぶすまじんじゃ)があります。

竹生島にある神社と同名の神社で、境内には「喜動大弁財天」「竹生島龍神」と刻まれた石(ご神体)が祀られています。お正月の前なので注連縄が新しくなっていました。


都久生須麻神社

都久生須麻神社の本殿と鳥居。背後は十六夜公園で、奥に琵琶湖が見えています。


都久生須麻神社の参道と松

都久生須麻神社の参道と松。

参道から車道に出てまっすぐ行くと、すぐに祥瑞寺があります。室町時代の名僧・一休さんが、若い時代に修行し、悟りを開くとともに一休の道号を授けられたお寺です。


祥瑞寺境内と芭蕉の句碑

祥瑞寺の境内。見事なお庭で、苔のやわらかな緑が目に優しいです。写真の左側に、松尾芭蕉の句碑がありますよ。

「朝茶飲む僧静かなり菊の花」(芭蕉)


北向地蔵

こしきり地蔵(北向地蔵)。祥瑞寺の隣、光徳寺の門前にあります。
腰から下の部分がない地蔵で、地蔵の腰をさすると腰痛に効果があるという伝承があります。


光徳寺のお地蔵さん

本堅田はお地蔵さんの多い町です。
こちらは北向地蔵のすぐ右隣にある、光徳寺のお地蔵さん。


4本の松の向こうに、琵琶湖と三上山

光徳寺から伊豆神社への路地を抜けると、浮御堂の近くに出ます。
浮御堂のそばの公園にて。4本の松の向こうに、琵琶湖と三上山。


12月の浮御堂と琵琶湖

琵琶湖に浮かぶ浮御堂です。正式名は海門山満月寺。京都紫野大徳寺派に属する禅寺です。近江八景の一つ「堅田の落雁」として、古くから多くの人に愛されてきました。

長徳年間(995年頃)、比叡山横川恵心院の僧であった源信(「往生要集」の著者)が、湖上の安全と衆生済度を願い、 自ら千体の阿弥陀仏を刻んで開いたのが始まりです。

本堅田の寺社(伊豆神社・浮御堂・神田神社・光徳寺・祥瑞寺・本福寺・都久生須麻神社・妙盛寺・寿寧寺・福聚院・妙法寺)


本堅田はとても美しいところです。

撮影地:滋賀県大津市本堅田1丁目
Lake Biwa and Honkatata(Honkatata,Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

竹生島をめぐる冒険(1) 2つの都久生須麻神社―弁才天と龍神信仰 

都久生須麻神社(滋賀県大津市本堅田)

琵琶湖に浮かぶ竹生島。古くから弁才天と龍神を祀って来た信仰の島で、宝厳寺と都久生須麻神社がある。しかし、同名の神社が滋賀県大津市本堅田にあることは、ほとんど知られていない。

本堅田の都久生須麻神社(つくぶすま じんじゃ)境内には、「喜動大弁財天」「竹生島龍神」と刻まれた石(ご神体)がある。そして本殿の祭神は、竹生島同様「弁財天」だという。そんな話を以前書いたことがある。

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■56 ~Honkatata/本堅田 068-069

あれから8年経ち、文化財の撮影で各地をめぐった。まるでジグソーパズルのピースを集めるように、竹生島にまつわる意外な話と出合ってきた。というのも、琵琶湖上の島であるがゆえに、歴史のタイムカプセルのように秘められた話が出てくるのだ。

今回は、当時掲載していなかった、本堅田の都久生須麻神社のご神体写真(下記)を紹介するとともに、竹生島をめぐる深い話を書いてみたい。

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滋賀堅田の桜、一挙大公開!(後編・おとせの浜から真野川まで)

4月12日(火)に、堅田駅周辺の桜を訪ね歩いてきました。前編では、堅田駅から駅西口(山の手)→衣川台→天神川→仰木道から浮御堂周辺への道中を掲載しました。

後編にあたる今回は、浮御堂周辺→居初邸の前から堅田内湖→伊豆神田神社→今堅田の琵琶湖岸→米プラザ前→真野川下流と歩きました。帰りは真野川周辺から駅までバスに乗ろうかと思いつつ、結局駅まで歩きました。

この10年に撮影しながら覚えた道を、ほぼ全部歩いた感じです。

堅田なぎさ苑前から見たおとせの浜の桜

堅田なぎさ苑前から見たおとせの浜(本堅田1丁目)。ヨシ原の向こうに桜が見え、釣りをする人をよく見かける場所です。


堅田なぎさ苑前の桜

堅田なぎさ苑前(本堅田1丁目)。琵琶湖の入り江に面した公共施設(公民館)です。琵琶湖のそばというのが、いかにも堅田らしい風景です。

5月14日には、なぎさ苑は供御人行列の準備会場になります。供御人行列は葵祭の前儀で、堅田から京都の下鴨神社へ鮒と鮒寿司を届ける神事です。なぎさ苑の前で桜を見ると、もうすぐ供御人行列だなあと思う筆者です。そうか、あと一ヶ月なんですね。


伊豆神社参道の桜

伊豆神社参道(本堅田1丁目)。江戸時代から残る掘割に、桜の花びらが散って桜色に染まっていました。道は浮御堂北湖岸へ続いています。ちなみに右折すると浮御堂の前に出ますよ。

↓2009年撮影の写真はこちらに掲載しています。

浮御堂の隣・伊豆神社から(2) 蔵通り、桜咲く ~Honkatata/本堅田 252

↓伊豆神社境内の桜はこちらに掲載しています(2015年撮影)。

滋賀の桜(7) 伊豆神社の桜と、幸福の石(滋賀県大津市本堅田)

↓こちらも境内の桜です(2008年撮影)。

桜 ~Honkatata/本堅田 038


光徳寺から祥瑞寺へ続く路地と、祥瑞寺の桜

光徳寺から祥瑞寺へ続く路地(本堅田1丁目)。一番奥は祥瑞寺の境内で、桜が咲いています。左折すると腰切り地蔵(北向地蔵)と本福寺保育園があります。


十六夜公園の枝垂桜

十六夜公園の枝垂桜(本堅田1丁目)。琵琶湖畔の公園で、浮御堂がよく見えます。公園の名は、堅田を訪れた松尾芭蕉の紀行文『堅田十六夜の弁』から採られました。


都久生須麻神社と枝垂桜

都久生須麻神社と枝垂桜(本堅田1丁目)。堅田では遅めに咲く桜で、隣の敷地にある医院の方が植えられた桜です。神社に続く鉄階段が新しくなっていました。

堅田、桜と花と緑(11)・路地と琵琶湖と桜と ~Honkatata/本堅田184、Honkatata/本堅田046(2)


堅田港近くの一本桜と民家と舟

堅田港近くの一本桜(本堅田2丁目)。桜の全容は↓こちらです。

琵琶湖の畔、堅田港の桜 ~Honkatata/本堅田 380


堅田内湖と舟と桜

堅田内湖(本堅田2丁目)。この場所を桜の咲く季節に撮ったのは初めてでした。

↓ちなみに5月末にはこんな感じになります。

琵琶湖のほとりの風景写真「Katata/堅田」|琵琶湖のラグーン(潟湖)、堅田内湖。水に浮かんでいるような町、舟と緑と花と。 ~Honkatata/本堅田 467-471 #shiga #otsu #photo


琵琶湖大橋の見える公園と桜

琵琶湖大橋の見える公園(今堅田1丁目)。今堅田版のおとせの浜と言ったらいいでしょうか。湖岸では、冬場に刈られたヨシが生えてきていました。茶色の球状のもの、丈の長い茶色の草がヨシです。


堅田内湖公園と桜

堅田内湖公園(今堅田1丁目)。公民館の隣で水門と一緒に撮りました。奥で桜が咲いています。


道の駅米プラザと桜

道の駅米プラザ(今堅田3丁目)。かつてこのあたりにあったイーゴス108(観覧車)がないので、ここに来るまでの道中、寂しくなりました。あるはずのものがないので落ち着かない感じといったらいいでしょうか。堅田在住ではないため、このあたりに来ることは少なく、イーゴスのない風景に慣れるまでもう少しかかりそうです。


真野川の桜

真野川下流(真野5丁目~今堅田3丁目)。桜の名所です!

写真ブログ「Katata/堅田」更新しました|真野川の桜 ~Imakatata/今堅田 132 #shiga #otsu #photo

堅田の桜の写真(2) 真野川 

堅田、桜と花と緑(10)・真野川の桜 ~Imakatata/今堅田 010(2)


今回は掲載していませんが、堅田駅西口の再開発が進んでいて新しい道路ができていました。一部はすでに歩けるようになっていたので、真野の中村八幡宮から本堅田6丁目へと歩いています。

堅田駅西口(本堅田6丁目)の街並みは印象がすっかり変わっていて、牧歌的だった江若バスの営業所の辺りは一変していました。今堅田では伊豆神田神社の隣の圓成寺が墓地になっていたりと、歩きながら新しい発見がたくさんありました。堅田駅西口の写真については、時期を改めて掲載したいと思っています。

最初に中村八幡宮に行くと決めていた以外は、足の向くまま、気の向くままの撮影でした。新緑も日ごとに濃くなって、春の伊吹満載。お天気に恵まれた一日でした。

堅田駅(真野1丁目)の桜は、散りかけていたので今回は撮影していません。
堅田駅の桜は↓こちらに掲載しています。

堅田、桜と花と緑(5)・堅田駅と満開の桜 ~Station/駅 107

※堅田駅西口の再開発のため、大友桜があると思われる公園に入ることができませんでした。大友桜については、京都新聞のふるさと昔語り(113)大友桜(大津市)をご参照下さい。

撮影日:2016年4月12日(火)
Beautiful scenery of Katata (Honkatata and Imakatata,Otsu city,Shiga,Japan).
Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

堅田、桜と花と緑(11)・路地と琵琶湖と桜と ~Honkatata/本堅田184、Honkatata/本堅田046(2)

十六夜公園と枝垂桜と子どもたち

琵琶湖畔にある十六夜公園と、その一角にある枝垂桜です。
向かいの都久生須麻神社(つくぶすまじんじゃ)の路地から、撮影しました。
この枝垂桜、神社の隣にある医院の方が、寄贈されたと伺いました。
例年遅咲きの桜ですので、昨年の写真を早めに出しています。
撮影した日は、近所の子どもたちが、十六夜公園に遊びに来ていました。

神社をバックに満開の枝垂桜が咲く。鮮やかなピンク色。

十六夜公園側から撮影した、同じ枝垂桜の木と、都久生須麻神社です。

(2015年7月追記があります⇒竹生島にある都久生須麻神社との関係について(現在まで分かっていることのまとめ)


堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 「都久生須麻神社近くの枝垂桜と、琵琶湖と、子どもたち」 2008.04.15 11:18
photograph of Katata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata “Cherry blossoms near the Tsukubusuma shrine,Lake Biwa, and children”  2008.04.15 11:18

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 「都久生須麻神社と枝垂桜」 2008.04.15 11:20
photograph of Katata,Otsu,Shiga,Japan Honkatata “Tsukubusuma shrine and cherry blossoms”  2008.04.15 11:20

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■57 ~alley/路地 018-019

都久生須麻神社の脇の路地

都久生須麻神社の脇の路地から、琵琶湖畔の十六夜公園へ抜けようとしている。
この場所では猫をよく見かける。

都久生須麻神社の路地と猫。琵琶湖が見えている。

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 路地 「本堅田・都久生須麻神社の路地1」
an alley,near Tsukubusuma shrine (Katata,Shiga prefecture,Japan)  2008.05.21 10:01

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 路地 「本堅田・都久生須麻神社の路地2」
an alley,near Tsukubusuma,with cat (Katata,Shiga prefecture,Japan)  2008.05.21 09:54


先月に引き続き、JR湖西線・堅田駅、および滋賀県大津市本堅田1丁目の社寺を写した、2008年春の記録をお送りしています。浮御堂の徒歩10分圏内には9つの社寺があり、今月は浮御堂を含め6つをご紹介します。今月最後(6番目)の登場は、都久生須麻神社。

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■56 ~Honkatata/本堅田 068-069

都久生須麻神社の背後から光。枝垂桜の新緑

都久生須麻神社は、琵琶湖畔の十六夜公園の一角にある。祥瑞寺の前から琵琶湖の方向へまっすぐ歩いてゆくと、都久生須麻神社の参道がある。

都久生須麻神社・正面をやや下側から撮影

(2015年7月追記) 同名の神社が琵琶湖の竹生島にあるのは、あまりに有名な話。

あまり知られていないが、中世の堅田は琵琶湖全域の漁業権をもち、琵琶湖最大の自治都市を築いたと言われている。実際のところ、本堅田の都久生須麻神社境内を探すと「喜動大弁財天」「竹生島龍神」と刻まれた石(ご神体)があり、本殿の祭神は竹生島同様「弁財天」だという。

本堅田の都久生須麻神社は竹生島と関係があることが推察されるが、堅田を歩いている歴史博物館の学芸員さんもご存じないようで、地元の方もよく分からないという。滋賀県神社庁の記録に、この近くの「伊豆神社境外社」だという記述があるほかは、詳しいことは分からなかった。

ただし、古来から竹生島が琵琶湖の神として崇められていたことを考えると、同名の神社が本堅田の水辺にあるのは決して不思議なことではないと思う。古絵図で見る堅田は、江戸時代のころまでは琵琶湖の中に浮かぶ水辺の町だった。かつての水際と言われる場所には、現在でもかなりの数の地蔵堂や常夜灯が見られる。(2015/7/30)

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 都久生須麻神社2
Tsukubusuma Shrine(Katata,Shiga prefecture,Japan)  2008.05.21 9:59

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 都久生須麻神社3
Tsukubusuma Shrine(Katata,Shiga prefecture,Japan)  2008.05.21 9:57


先月に引き続き、JR湖西線・堅田駅、および滋賀県大津市本堅田1丁目の社寺を写した、2008年春の記録をお送りしています。浮御堂の徒歩10分圏内には9つの社寺があり、今月は浮御堂を含め6つをご紹介します。今月最後(6番目)の登場は、都久生須麻神社。

本堅田について ~Honkatata/本堅田045-046 Ukimido/浮御堂019-020

連休前ということもあり、検索サイトから、この「Katata/堅田」を訪問する方が増えています。代表的な検索ワードについて、まとめてみました。

1  堅田 町並み

浮御堂のある本堅田1丁目は、こんな感じです。

本堅田1丁目の古い町並み。大津市の黄色いパトロールカーが走ってゆく。

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 「本堅田1丁目の町並み」
2008.04.15 10:53


2  都久生須麻神社 琵琶湖

琵琶湖の湖岸にある十六夜公園に面した神社です。正面を写した写真に適当なものがなかったので、今年の枝垂桜と写した写真を載せます。この枝垂桜は、隣の医院の方が寄贈されたものと聞いています。

神社をバックに満開の枝垂桜が咲く。鮮やかなピンク色。

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 「都久生須麻神社と枝垂桜」
2008.04.15 11:20


3  献饌供御人行列   堅田湖族 5月14日  堅田神田神社  神田神社堅田
本堅田神田神社

神田神社の献饌供御人行列の出発は、神田神社を5月14日朝8時です。
行列にはどなたでも参加できるとのことです。

今年から、以下のコースを巡行することになりました。
●堅田町内コース(神田神社8時出立→湖族の郷資料館→伊豆神社→浮御堂前→港橋→本通り→岡平商店前左折→出町角屋前左折→湖族の郷資料館(休憩))
●京都コース(バス乗車→途中経由→葵公園→雅楽先導・下鴨神社氏子役員出迎え→糺の森→下鴨神社本殿にて奉献式)
●帰路コース(バス乗車→湖族の郷資料館・午後1時頃帰着→直会・散会)詳しくは077-574-1685湖族の郷資料館まで。


4  浮御堂境内の芭蕉の句碑  浮御堂 芭蕉の句

「鎖(じょう)明けて月さし入れよ浮御堂」(写真)
「やすやすと出でていざよう月の雲」
「十六夜や海老煮るほどの宵の闇」
「比良三上雪さしわたせ鷺の橋」

※比良(ひら)=比良山系。
近江八景(琵琶湖周辺の代表的な名勝8カ所)のひとつに「比良の暮雪」(ひらのぼせつ)がある。近江八景の「堅田の落雁」(かたたのらくがん)が、浮御堂。

※三上(みかみ)=三上山。
堅田にとっては琵琶湖の対岸に見える山。近江富士とも呼ばれる。

琵琶湖の上に建っているお寺、浮御堂
堅田の写真 浮御堂 「4月の浮御堂1~境内から」 2008.04.06 12:26

浮御堂にある芭蕉の句碑。古い石に句が刻まれている。後ろは琵琶湖、ヨットが見える。
堅田の写真 浮御堂 「浮御堂境内の芭蕉の句碑」 2008.04.06 12:27


ちなみに、本堅田にあるその他の芭蕉の句碑は、以下の通りです。

●本福寺
「からさきの松は花よりおぼろにて」
「病雁の夜寒におちて旅寝かな」

※からさき(唐崎)=滋賀県大津市唐崎。近江八景のひとつに「唐崎の夜雨」(からさきのやう)がある。
※病雁の・・・=本福寺の住職であり弟子でもある千那を訪ねた際、芭蕉が風邪で寝込んだときの句。

●祥瑞寺
「朝茶飲む僧静かなり菊の花」

●堅田漁港
「海士の屋は小海老にまじるいとど哉」

●十六夜公園
俳文「堅田十六夜の弁」(かたた・いざよいのべん)

※元禄4年(1691)8月16日、芭蕉は数名の門人と舟で堅田に出かけた。前日、義仲寺(滋賀県大津市)において月見の宴が催されていたが、その余韻はまだ冷めていなかった。竹内茂兵衛成秀(たけうちもへいなりひで)の家で、十六夜の月を愛でる俳句の席が催され、前夜にも増して盛況だったという。
その日のことを芭蕉がつづったものが、「堅田十六夜の弁」。
浮御堂の句碑にある、「鎖(じょう)明けて月さし入れよ浮御堂」、「やすやすと出でていざよう月の雲」は、「堅田十六夜の弁」にある句。