特別編50 滋賀の里山から(25) 霧の棚田と春を待つ畑

霧の棚田

昨日は冬至でした。朝から濃い霧が出て、一日中もやの中。

滋賀県大津市の南東部は、里山の風景が広がる地域です。
時々撮影にお邪魔しているのですが、この日はこちらも霧の中。

※撮影地:滋賀県大津市桐生(Kiryu,Otsu city,Shiga prefecture,Japan)


霧の中の畑

黄昏時に霧は一層深くなり、幻想的な風景となりました。
畑からは小さな芽がたくさん出ていて、春が来るのを待っているかのようです。

冬来たりなば、春遠からじ。If winter comes, can spring be far behind?

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白露の頃、大きな栗の木(岐阜県不破郡関ケ原町玉)

写真は以前の9月に、岐阜県不破郡関ケ原町玉にて撮影した、大きな栗の木です。
2016年9月7日は、二十四節気の一つ「白露」(はくろ)。

大気が冷えてきて、露ができ始めるころ。『暦便覧』では、「陰気やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明している。(ウィキペディア)

今年の夏は暑くて、長時間屋外で撮影するのはなかなか難しいですが、もう少し気温が下がったら、堅田を歩きまわって撮影したいです。

お盆の頃の本堅田の記憶といえば、堅田小学校近くの院内道で、地蔵堂の前にシンテッポウユリの白い花が咲いていたこと。2008年はこんな感じでした↓

堅田で過ごす夏(15) ユリの花と地蔵堂(院内道にて) ~Honkatata/本堅田 310
堅田を歩けばあちこちで出合うのが、地蔵堂と常夜灯。院内道で出合った地蔵堂の前では、シンテッポウユリの白い花が咲いていました。院内道とは堅田小学校の東門から東西に伸びる細い道で、かっては堅田の町と西近江路を結ぶ主要な道でした。由来は院内さん(文徳天皇(850~858)の妃の静子)が流され住んだ所から呼ばれ...

そして、9月といえば、琵琶湖畔の今堅田。
9月の今堅田はいつまでも終わらない夏のような輝きと陽気さがあります。堅田内湖の周辺から琵琶湖畔は、まるで一枚の絵のようになります。こちらは2009年9月10日撮影↓

湖でもなく、池でもなく。 堅田内湖(1) ~Imakatata/今堅田 098
湖でもなく、池でもなく。初めて見たとき、ただただ広くて、どこまでも続いていくように見えました。内湖(ないこ)と呼ばれる水域が、琵琶湖の周辺にあります。水路によって琵琶湖につながり、昔から人々の生活に密接に関わってきました。堅田にも、内湖があります。滋賀県大津市本堅田4丁目から今堅田1丁目にかけて、...

 

東草野の山村景観(2)~雪の奥伊吹、吉槻の風景。桂の大木と水路とイケ

雪の吉槻

その日、奥伊吹は一面の雪でした。

撮影したのは滋賀県米原市吉槻(よしつき)。伊吹山の西側に位置する山間部の集落です。セツブンソウ自生地で知られる大久保の北側に位置しています。

吉槻とその周辺地域は、2014年3月に「東草野の山村景観」として国の重要的景観に指定されました。かつて東草野と呼ばれたところで、現在の米原市甲津原(こうづはら)、曲谷(まがたに)、甲賀(こうか)、吉槻(よしつき)の総称です。

2014年3月21日、米原市教育委員会のご案内で、重要的景観指定直後の吉槻を訪ねました。今回は吉槻の「東草野の山村景観」の一部をご紹介します。

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伊吹山麓の道、北国脇往還を歩く~花と水辺の風景4(長浜市/高月町馬上の水辺⇒雨森のイチョウ⇒木之本)&官兵衛周遊券の情報を掲載しています

伊吹山とソバ畑、郡上の集落
河毛駅から小谷郡上町へ向う途中、朝の光の中に姿を現したのは伊吹山。
手前は一面のソバ畑で、奥に見えているのが郡上の集落です。

(1人で)北国脇往還3分割ウォーク最終日は、小谷郡上町から木之本まで、約12kmを歩くことになりました。

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伊吹山麓の道、北国脇往還を歩く~花と水辺の風景1(関ケ原の栗の木⇒米原市春照のヒガンバナ)

ヒガンバナ
滋賀から岐阜にかけて、北国脇往還と呼ばれる脇街道があります。
北国街道から中山道への近道で、木之本(滋賀)から関ケ原(岐阜)までの30数キロの道です。

近江(滋賀県)から関ケ原へ抜ける近道として、江戸時代に参勤交代に利用されて栄えました。この街道沿いには、歴史あふれる美しい集落が残っています。

その宿場のひとつ、藤川(滋賀県米原市藤川)を訪ねるのが当初の予定でした。
藤川へは路線バスが通っておらず、関ケ原から歩いていくことを考えていたからです。
せっかくの機会なので、関ケ原から木之本までを3回に分けて歩いてみることにしました。(『近江山河抄の舞台を歩く』「伊吹の荒ぶる神」の続編としても今後掲載予定です。)

歴史の話を書くと、どうしても花や風景の写真を載せる機会が少なくなってしまうので、それとは別に、北国脇往還のまちの花や水路の風景を中心に載せてみようと思います。

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あかねさす 紫野4(滋賀の天然記念物「熊野のヒダリマキガヤ」、熊野神社と西明寺:滋賀県蒲生郡日野町)~近江山河抄の舞台を歩く(67)

白壁の家と山が美しい熊野の風景
三重県境に近い滋賀県日野町の一番奥に、熊野という地区がある。
その昔、鈴鹿山系の綿向山で修行した山伏が、熊野神社を祀ったと言われる場所だ。
日野の中心部から綿向山に向かい、音羽から蔵王を経て、平子からかなり狭い林道を走った。
県境に近い山中まで、1日がかりの撮影となった。

しばらく林の中を行くと、突然目の前が開け、谷をへだてた向う側に、白壁の美しい村が現われた。熊野である。わずか十軒ぐらいの小さな山村だが、静寂そのものの環境は、心の底まで浄められる思いがする。村の中には、老樹にかこまれた熊野神社が建ち、おきまりの神体山もそびえている。-白洲正子『近江山河抄』「あかねさす 紫野」

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沖つ島山7(近江源氏・佐々木氏ゆかりの地を巡る。氏神「沙沙貴神社」と京極家の菩提寺「徳源院」)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(32)

沙沙貴神社楼門
白洲正子さんの紀行文『近江山河抄』「沖つ島山」は、近江源氏・佐々木氏の話で終わる。
そこで今回は、「沖つ島山」の連載の締めくくりに、佐々木氏ゆかりの場所をご紹介したい。

佐々木氏は、近江国蒲生郡(現・滋賀県近江八幡市安土町)佐々木荘を発祥とする。
宇多天皇を祖とする宇多源氏の一流とされ、安土の沙沙貴神社(写真)を氏神としている。
近江源氏とも呼ばれ、後に六角氏(本家)、京極氏、大原氏、高島氏の四家に分かれた。

沙沙貴神社のなんじゃもんじゃ
現在の沙沙貴神社は、花の神社(近江百華苑)として、なんじゃもんじゃの木で有名。
なんじゃもんじゃは、ヒトツバタゴというモクセイ科の落葉高木で、5月に白い花を咲かせる。(なんじゃもんじゃとは名前がわからないものの総称で、代表格がヒトツバタゴだとか。)
沙沙貴神社では例年5月中旬に開花、5月末まで楽しめる(撮影日:2013年5月26日)。

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