教林坊の紅葉(滋賀県近江八幡市安土町石寺)

教林坊
安土の繖山(きぬがさやま)の麓に、聖徳太子によって605年に創建された寺がある。教林坊という天台宗の寺で、白洲正子さんの著作には「石の寺」「石寺」として登場する。

麓の石寺という部落は、世捨人のような風情のある村で、かつては観音正寺の末寺が三十以上もあり、繁栄を極めたというが、現在は教林坊というささやかな寺が一つ残っているだけである。(白洲正子『かくれ里』

続きを読む →

沖つ島山7(近江源氏・佐々木氏ゆかりの地を巡る。氏神「沙沙貴神社」と京極家の菩提寺「徳源院」)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(32)

沙沙貴神社楼門
白洲正子さんの紀行文『近江山河抄』「沖つ島山」は、近江源氏・佐々木氏の話で終わる。
そこで今回は、「沖つ島山」の連載の締めくくりに、佐々木氏ゆかりの場所をご紹介したい。

佐々木氏は、近江国蒲生郡(現・滋賀県近江八幡市安土町)佐々木荘を発祥とする。
宇多天皇を祖とする宇多源氏の一流とされ、安土の沙沙貴神社(写真)を氏神としている。
近江源氏とも呼ばれ、後に六角氏(本家)、京極氏、大原氏、高島氏の四家に分かれた。

沙沙貴神社のなんじゃもんじゃ
現在の沙沙貴神社は、花の神社(近江百華苑)として、なんじゃもんじゃの木で有名。
なんじゃもんじゃは、ヒトツバタゴというモクセイ科の落葉高木で、5月に白い花を咲かせる。(なんじゃもんじゃとは名前がわからないものの総称で、代表格がヒトツバタゴだとか。)
沙沙貴神社では例年5月中旬に開花、5月末まで楽しめる(撮影日:2013年5月26日)。

続きを読む →

沖つ島山5(近江八幡:大嶋・奥津嶋神社<北津田>~渡合橋~水郷の風景<円山>/圓山神社と寶珠寺)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(30)

Omiji089
琵琶湖の浜辺、雄松崎にて。琵琶湖の西側から、沖島と近江八幡を見ている。
写真中央が対岸の奥島山(長命寺周辺)、その左手前に少し濃く写っているのが沖島。
今回の舞台は、奥島山の麓にある水郷の町。長命寺の近くにある隠れた名所をたどった。

続きを読む →

沖つ島山4(安土の繖山:桑実寺、観音寺城跡と観音正寺/付記:観音寺城関連リンク集)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(29)

信楽焼の開運たぬき(桑実寺本堂の前にて)
500段とも600段とも言われる桑実寺の石段を上ったら、本堂の前で迎えてくれたのは、信楽焼のかわいらしい開運たぬきだった。

桑実寺(くわのみでら)は、滋賀県近江八幡市安土町桑実寺にある天台宗の寺院。
琵琶湖の東、湖東平野の奥に位置する「繖山」(きぬがさやま)の北西山腹にある。
「繖山」の名前の由来については、地元の方から興味深い話を聞いた。
一つは、山の形が、貴人にさしかざす衣蓋(きぬがさ)に似ているから「繖山」。

続きを読む →

沖つ島山3(近江八幡:水郷の風景、安土の山から見た西の湖、アジサイの咲く頃・長命寺)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(28)

繖山(観音寺山)の上から撮影した安土山、西の湖、長命寺山
安土の繖山(観音寺山)の上から撮影した、水郷のまちの風景。
織田信長がかつて、安土城(安土山)から眺めた山並みもこんな感じだったのだろう。
手前より安土山、西の湖、奥島山(右奥)~長命寺山(中央奥)~八幡山(左奥)。
一番奥にぼんやり見えるのが、琵琶湖の向こうの比良山系。

田んぼの緑の中に、麦秋の茶色がパッチワークのように美しいこの一帯。
地元の方の話では、1942年に干拓されるまで、この一帯は琵琶湖につながっていた。
長命寺(西国三十三所第31番札所)から、繖山の桑実寺まで、舟で参拝していたという。桑実寺と同じ山中には、観音正寺(第32番札所)がある。

昔の巡礼たちは、若狭から今津へ出、そこから船で竹生島(三十番)を経て、長命寺(三十一番)へ渡り、更に観音正寺(三十二番)へと水路を利用したのであろう。(白洲正子『近江山河抄』

続きを読む →