奈良・柳生街道(滝坂の道)から春日山、若草山を歩く(1)―浮見堂から朝日観音まで

浮見堂
奈良公園の浮見堂。当ブログの舞台である堅田(滋賀県大津市)の「浮御堂」とよく間違われますが、奈良の浮見堂は池の中の静かな休憩所です。奈良交通のバス停「飛火野」下車、徒歩約5分。今回はここから柳生街道(滝坂の道)へと山登りです!
Photograph of Ukimido(Nara Park),Nara,Japan.


高畑観光駐車場の裏(※トイレあり)から志賀直哉旧居前を通り、飛鳥中学校(地図右下)へと歩きました。本来の柳生街道は、「飛火野」の次のバス停「破石町」で下車して「旅籠 長谷川」さんの前を通り、飛鳥中学校の前へ出る道ですが、今回は途中まで他の道を通っています。

奈良の住宅街の鹿
志賀直哉旧居付近で出会った鹿。左は春日大社の林で、一帯は閑静な住宅街でした。隠れ家的な喫茶店や食事処もあるので、大人の皆さんにおすすめのエリアです。

この先の飛鳥中学校の校門前で、道は2つに分かれます。左が春日山遊歩道、右が柳生街道(滝坂の道)。柳生街道へと進むと、しばらくは住宅街の中を上っていくのですが、家が途切れ、舗装された道が終わり、ついに山中へと入ります。

柳生街道(滝坂の道)
柳生街道。春日山原始林の中を、石畳の山道が続きます。柳生街道の中でも、能登川沿いの石畳の坂道は「滝坂の道」(または「滝坂道」)と呼ばれてきました。
Photograph of the old Yagyu Road,Nara,Japan.

柳生街道(滝坂の道)
柳生街道(滝坂の道)。右は能登川。春日大社から1時間程で出会う別世界です。この道は江戸時代、奈良から柳生の里へと剣士たちが往来した道でした。古くは平安から鎌倉時代に南都の僧侶たちが修行したと言われる道です。

朝日観音
朝日観音。柳生街道(滝坂の道)の道中にある、いくつかの磨崖仏のひとつです。
「文永2年(1265年)の作、実際は観音ではなく、中央は弥勒如来、左右は地蔵菩薩」とのことです。(https://ja.wikipedia.org/wiki/柳生街道)
Photograph of Asahi Kannon (the old Yagyu Road),Nara,Japan.


次回は首切地蔵、春日山石窟仏(国史跡)をご紹介します。(撮影日:10月8日)
Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

近江路5(滋賀県野洲市:妙光寺山磨崖仏と福林寺跡磨崖仏)~近江山河抄の舞台を歩く(77)

日本一大きい銅鐸のレプリカ
滋賀県野洲(やす)市といえば、三上山(近江富士)と銅鐸で知られる町だ。
野洲の小篠原にある大岩山からは、明治14年に14個、昭和37年に10個の銅鐸が発見されている。日本一大きい銅鐸が見つかったのも野洲の大岩山で、この写真はそのレプリカを撮影したもの。
※野洲の銅鐸博物館(野洲市歴史民俗博物館)にて、許可を得て撮影しています。

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近江路3(滋賀県湖南市:岩根の磨崖仏と善水寺/湖南三山そろっての紅葉の写真とともに)~近江山河抄の舞台を歩く(55)

善水寺への曲がり角
日曜日の朝。曲がり角で道が3つあると言われると、何か意味があるのかなと思った。
そして、こういうとき、道の選び方に性格が出るような気がした。

私は徒歩だったので、最短の右の歩道を選んだ。いざとなれば車道に戻ればいい。
これは岩根というバス停を下りて、善水寺まで行こうとしたときの話です。

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紫香楽の宮2(奈良平城京の鬼門・金勝寺と狛坂磨崖仏/知られざる金勝の石仏たち)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(19)

金勝寺正面参道と仁王門
滋賀県栗東市の山中に、奈良の都を守護するために建てられた寺がある。
平城京の鬼門(北東)に位置しており、寺は奈良を向いて建てられている。
その事は、殆ど知られていない。

この地は「西の比叡山、東の金勝寺(こんしょうじ)」と言われた湖南仏教の中心地だった。比叡山が京都の鬼門に当たり、京都を守護するのと対照的である。

木造仁王立像(金勝寺仁王門)
天平5年(733)、聖武天皇の勅願により、良弁(ろうべん)によって金勝寺は開かれた。
良弁は近江出身で、奈良の大仏を造営した功績で東大寺の初代別当となった僧である。

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紅葉の風景、滋賀-Autumn of Shiga Prefecture 4-不動寺の磨崖不動明王尊(滋賀県湖南市岩根) #shiga #photo #紅葉

不動寺(紅葉の風景・遠景)

山道の途中、目の前にぱーっと現れたのが、見事な紅葉と空中楼閣のような本堂。
本堂の隣には巨岩がありました。ここは滋賀県湖南市岩根の不動寺です。

旧・甲西町の善水寺(湖東三山のひとつ)の近く、「十二坊温泉ゆらら」の近くにあるといえば、ああ、あの辺りと思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。

温泉の名前になっている「十二坊」とは岩根山の通称だそうで、
岩根山にある知られざる名刹が、今回ご紹介する不動寺です。


不動寺(紅葉の風景・近景)

何ともいえない風情のある紅葉ですね!石段を少しずつ登って、本堂と磨崖仏に近づいていきました。
滋賀にはこういう隠れた名刹がたくさんあります。どれも地元の方が大切に守ってこられたお寺です。
寺の位置する滋賀県南部(湖南地方)は磨崖仏の多くみられる地域でもあります。


不動寺 磨崖不動明王尊

これが不動寺の磨崖不動明王尊です。鎌倉時代の作で、像高:150cm、肘幅77cm、顔:28cm、顔幅:30cm。本堂と岩の間の隙間からぎりぎりで撮影しています。

岩の右側に漢字が刻まれているのが、わかりますか?「入道」という字が読めますね。案内板によりますと、「建武元年三月七日、卜部左兵衛入道充乗造之」とあり、卜部とは代々継がれているご住職の姓だそうです。
建武元年=1334年、なんと鎌倉時代の銘でした!

■岩根は東海道(国道1号線)に近い集落で、とても風情のある美しい集落です。
不動寺の近くには国宝の善水寺があり、ほかにも寺社が点在しています。
車のほか、JR甲西駅から徒歩(ハイキング)も可能ですので、ぜひお出かけください。

これからもこんな風に、少しずつ滋賀の風景をご紹介していきたいと思っています。


不動寺 磨崖不動明王尊(案内板)

(教育委員会作成の案内板より引用します。)

不動寺(黄檗宗)は、延暦年間(782~825)弘法大師創立という。もと清凉山と号し天台宗であったが、享保19年(1734)火災にあい、寛延2年(1749)に再興し、岩根山と称する。

明王は、大きな自然の岩に磨崖仏としてきざまれ、信仰の本尊とされており、それがそのまま寺名となった。小さな舞台造りの本堂から拝むことができる。

尊像には、「建武元年(1334)三月七日、卜部左兵衛入道充乗造之」の銘があり、卜部とは代々つがれている当寺の住職の姓である。

像高150cm、肘の幅77cm、顔28cm、顔幅30cmで、鎌倉時代の作である。


■不動寺の地図(滋賀県湖南市岩根の集落から善水寺に向かう山道の途中にあります)


大きな地図で見る


写真一枚目:滋賀県湖南市岩根 不動寺(紅葉の風景・遠景)
写真二枚目:滋賀県湖南市岩根 不動寺(紅葉の風景・近景)
写真三枚目:滋賀県湖南市岩根 不動寺 磨崖不動明王尊
写真四枚目:滋賀県湖南市岩根 不動寺 磨崖不動明王尊(案内板)

Photograph of Otsu,Shiga,Japan  Autumn Scenery Pictures of Shiga Prefecture 4
“The beautiful Japanese temple Fudoji in November”1  2010.11.26 14:02
“The beautiful Japanese temple Fudoji in November”2  2010.11.26 13:57
“The beautiful Japanese temple Fudoji in November”3  2010.11.26 14:00
“The beautiful Japanese temple Fudoji in November”4  2010.11.26 13:55

堅田の風景動画(短編集)ができました!(堅田カレンダー2012年版/復興支援カレンダーのご紹介を兼ねています)