琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景4(湖族の郷資料館~神田神社~商店街~堅田教会)

当ブログは12月27日に開設9周年となりました!
12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けします。

最終回の今回は、湖族の郷資料館周辺と、商店街に出て堅田教会までの風景です。
この冬公開映画のロケ地となった、あの自転車屋さんも登場します!


湖族の郷資料館

湖族の郷資料館は、二階建ての町屋をそのまま活かした、堅田の歴史資料館です。

「湖族(こぞく)」とは、吉川英治さんが著書「新・平家物語」の中で、堅田の人々(堅田衆)を呼んだ言葉です。海賊のような響きがありますが、海賊ではなく普通の町衆でした。

中世の堅田は、大阪の堺のような自治都市だったと言われています。元禄時代、琵琶湖には1200余艘の舟があり、そのうちの約200艘を堅田が所有していたそうです。

湖族の郷資料館では、琵琶湖の漁具(タツベ)、丸子船の模型、古民具の展示のほか、堅田ゆかりの文豪の作品紹介、本堅田出身の喜劇役者・志賀廼家淡海さんの展示がされています。

レンタサイクルの貸し出しやお土産の販売もあります。

珍しいおみやげに、「堅田時報」なんていかがですか?大正から昭和にかけての町内新聞の復刻版です。なかなか面白い本ですよ。

■住所:〒520-0242 滋賀県大津市本堅田1丁目21-27
■TEL:077-574-1685■入館料 大人100円


神田神社拝殿

神田神社。朱色の屋根の拝殿が印象的です。

本堅田の神田神社には、平安時代、京都の下鴨神社の御厨(みくりや)が置かれました。琵琶湖の魚を下鴨神社へ奉納していたのです。

この歴史を後世にも伝えようと、1990年より献饌供御人行列(けんせんくごにんぎょうれつ)が行われています。

1994年からは堅田町内だけでなく下鴨神社へも巡行する現在のスタイルとなり、現在は葵祭の公式行事となっています。


神田神社の常夜灯

神田神社の常夜灯。ひときわ目をひく、とても大きな常夜灯です。


お地蔵さん

神田神社前にある地蔵堂のお地蔵さん。
献饌供御人行列の撮影の前には、いつもそっとお参りしています。


妙盛寺

神田神社の隣にある妙盛寺です。ここにも地蔵堂がありますね(右側に写っています)。
妙盛寺の先にある東洋紡の角から、バス通りになっている商店街へと行ってみました。


自転車屋

こちらが、福士蒼汰さん&小松菜奈さん主演の映画「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」(2016年12月全国東宝系にて公開)のロケ地となった自転車屋さんです。

お店の前に映画のポスターが貼ってあったので、ここだと分かりました。というのも、2016年1月31日(日)に、ここで映画のロケらしきものに遭遇しています。私はちょうど昼過ぎに町内循環バスで本堅田の商店街を通りましたが、大勢のスタッフさんや機材を一瞬見ただけです(^^;)


堅田教会

日本基督教団堅田教会。ヴォーリズ建築として知られています。

ウィリアム・メリル・ヴォーリズの代表作のひとつで、緑色の屋根と薄茶の外壁が美しい教会です。1930年に建てられた教会で、国の登録有形文化財になっています。現役の教会です。

12月25日(クリスマス)の夕方に撮影しました。

堅田教会の夕暮れ1

堅田教会の夕暮れ2

堅田でお会いした皆さま。撮影先でお会いした皆さま。ブログ読者の皆さま。
本年もありがとうございました。

良い年をお迎えください。


撮影地:滋賀県大津市本堅田1丁目、本堅田2丁目
Beautiful and wonderful town -Honkatata(Honkatata,Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)





写真ブログ「Katata/堅田」更新しました|丸子船の模型を、町屋の二階で眺める ~Honkatata/本堅田 381(2)-382(2) #shiga #otsu #photo

丸子船の模型

丸子船の模型を、町屋の二階で眺める

写真は、琵琶湖・浮御堂の近くにある「湖族の郷資料館」で展示されている「丸子船の模型」です。

丸子船とは、近世の琵琶湖水運で用いられた、独特の造りの三十石から五百石積みの輸送船。東海道の草津・膳所(ぜぜ)間の渡し船にも使われた。丸い船首形状と半丸太を用いた舷側板に特徴がある。丸船。丸太船。 http://www.weblio.jp/content/%E4%B8%B8%E5%AD%90%E8%88%B9

かつて堅田(滋賀県大津市本堅田・今堅田)は、琵琶湖の湖上交通を取り仕切った町でした。吉川英治さんは著書「新・平家物語」の中で、堅田の人々(堅田衆)を「湖族(こぞく)」と呼んでおられます。湖族(こぞく)というと海賊のような響きなので、地元の反応はさまざまのようですが・・・。

元禄時代、琵琶湖には1200余艘の舟があり、そのうちの約200艘を堅田が所有していたそうです。堅田は、大阪の堺のような自治都市だったといいます。物流が盛んで、交通の要所。人と物が集まる、とても豊かな場所だったんですね。

湖族の郷資料館は、二階建ての町屋をそのまま活かした、堅田の歴史資料館です。
丸子船の模型を、二階の一角で、来館者の男性が熱心に眺めておられました。


撮影地:湖族の郷資料館(滋賀県大津市本堅田1丁目)


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写真一枚目:堅田(滋賀県大津市)の写真 本堅田 「丸子船の模型」 2011.03.13 15:10
二枚目:堅田(滋賀県大津市)の写真 本堅田 「丸子船の模型を、町屋の二階で眺める」 2011.03.13 15:07

1:Photograph of Honkatata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata 2011.03.13 15:10
” A model of Maruko-bune (a Japanese wooden ship which was made at 17th-19th century) ”

2:Photograph of Katata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata 2011.03.13 15:10
” The man who looks at a model of a ship on the second floor of Machiya (town house) “

大道町の夕暮れ、「淡海節」の明かりが灯る夜 (淡海節 歌詞とYouTube動画付) ~Honkatata/本堅田 442-443 #shiga #otsu

大道町の夕暮れ、2011年9月

琵琶湖・浮御堂へ続く町並みは、大道町と呼ばれ、暮らしの中に町屋が残っています。路地が多く、路地をたとれば琵琶湖に通じるのが、堅田という町です。夕暮れ時の一瞬を、大道町(滋賀県大津市本堅田1丁目)にて撮影しました。

大道町にある湖族の郷資料館の前に灯っていたのは、堅田ゆかりの「淡海節」が書かれた明かりでした。

淡海節の明かりが灯る夜(湖族の郷資料館前にて)

♪舟を曳きあげ漁師は帰る あとに残るは櫓と櫂
波の音 ヨイショコショ 浜の松風
と歌われる「淡海節」は、明治・大正・昭和の三代にわたり一世を風靡した喜劇役者・志賀廼家淡海が作った曲です。
大正7~8年頃に盛んに唄われたそうで、現在は滋賀県の民謡として知られるようになってきました。

志賀廼家淡海(本名田辺耕治)は、明治16年(1883)本堅田に生まれ、青年時代、江州音頭で頭角を表します。18歳のとき芸界に入るため堅田をあとにし、以後浮沈を繰り返しました。故郷を偲んで作った「淡海節」が大ヒットするに至り脚光を浴び、喜劇界の頂点に登りつめます。

晩年は親鸞や蓮如を題材にした宗教劇で人気を博しました。昭和31年、巡業先の鹿児島の舞台で死去(享年73歳)。
堅田駅前の交番横に、藤山寛美さんの名前が刻まれた淡海の顕彰碑があります。

※淡海節の歌詞はこちらからどうぞ→http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=7857

小田会(京都)家元 さんによる生の歌声を見つけました。約4分です。


写真一枚目:堅田(滋賀県大津市)の写真 本堅田 「大道町の夕暮れ、2011年9月」 2011.09.14 18:22撮影■撮影地:大道町(滋賀県大津市本堅田1丁目)

二枚目:堅田(滋賀県大津市)の写真 本堅田 「淡海節の明かりが灯る夜(湖族の郷資料館前にて)」 2011.09.14 18:24撮影■撮影地:湖族の郷資料館前(滋賀県大津市本堅田1丁目21-27)

1:Photograph of Honkatata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata  2011.09.14 18:22
“Twilight of Omichi-machi at September, 2011

2:Photograph of Honkatata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata  2011.09.14 18:24
“The light with which the words of the folk song “Tankai-bushi”were written is lighted.”

町屋がそのまま資料館になっています(滋賀県大津市本堅田・湖族の郷資料館にて) ~Honkatata/本堅田 387

町屋がそのまま資料館に

町屋というと京都?と思いがちですが、浮御堂周辺は、琵琶湖から続く路地の奥に町屋が残る界隈です。この界隈は大道町と呼ばれ、本堅田の中でも独特の風情があります。その一角にあるのが「湖族の郷資料館」。ごらんの通り、町屋が資料館になっています。

写真中央に「祭」と見えますね。堅田では4月の第3日曜日(今年は17日でした)に一斉に春祭りが行われます。次のお祭りは5月14日(葵祭の前日)。琵琶湖の鮒を下鴨神社に献上する祭事(供御人行列)が待っています。平安時代の堅田が下鴨神社の御厨だった歴史に由来する祭事で、葵祭の公式関連行事になっています。

※大道町の町並みは、バックナンバーから御覧いただけます。→本堅田1丁目(滋賀県大津市)の町並み
※資料館前で直売されている「琵琶湖しじみ」については、 4/9の記事でご紹介しています。

※湖族(こぞく)とは?
かつて堅田(滋賀県大津市本堅田・今堅田)は、琵琶湖の湖上交通を取り仕切った町でした。資料館の名前にある「湖族(こぞく)」とは、吉川英治さんの著書「新・平家物語」の中に出てくる言葉です。水運、漁業、船大工などを生業にした堅田の人々(堅田衆)を指しています。(海賊ではありません、念のため。)


撮影地:湖族の郷資料館(滋賀県大津市本堅田1丁目21-27) 電話番号:077-574-1685  入館料:大人100円


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堅田(滋賀県大津市)の写真 本堅田 2011.04.14 12:33
「町屋がそのまま資料館になっています(滋賀県大津市本堅田・湖族の郷資料館にて)」

Photograph of Honkatata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata 2011.04.14 12:33
“Machiya just becomes the museum (Kozokunosato shiryokan,Honkatata,Japan) “

琵琶湖の漁具・タツベ(滋賀県大津市本堅田・湖族の郷資料館にて) ~Honkatata/本堅田 386

琵琶湖の漁具

琵琶湖・浮御堂の近くにある「湖族の郷資料館」より、二階に展示されている民具の数々をご紹介しています。今回はその最終回。琵琶湖で使われている、伝統的な漁具の数々をどうぞ。中央にあるのが「鯉タツベ」と読めますね。その上が「漁籠」。

タツベとは、「湖岸のヨシや水草に産卵にくるコイやフナを捕まえるための伝統的な陥穽漁具」を言います。

※湖族(こぞく)とは?
かつて堅田(滋賀県大津市本堅田・今堅田)は、琵琶湖の湖上交通を取り仕切った町でした。資料館の名前にある「湖族(こぞく)」とは、吉川英治さんの著書「新・平家物語」の中に出てくる言葉です。水運、漁業、船大工などを生業にした堅田の人々(堅田衆)を指しています。(海賊ではありません、念のため。)

※一連の民具の写真は、湖族の郷資料館の館長様の許可をいただいて、撮影させていただきました。薄暗い室内(町屋の二階)で、カメラの補助光だけで撮影しましたので、一部に影が写っております。

Tatsube,traditional fishing implements to catch carps and crucian carps
(at Kozokunosato shiryokan,Honkatata,Japan).


撮影地:湖族の郷資料館(滋賀県大津市本堅田1丁目21-27) 電話番号:077-574-1685  入館料:大人100円


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堅田(滋賀県大津市)の写真 本堅田 2011.03.13 15:05:14
「琵琶湖の漁具・タツベ(滋賀県大津市本堅田・湖族の郷資料館にて)」

Photograph of Honkatata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata 2011.03.13 15:05:14
“Tatsube,traditional fishing implements to catch carps and crucian carps
(at Kozokunosato shiryokan,Honkatata,Japan) “