本堅田、琵琶湖畔の静かなお正月の風景

浮御堂北湖岸2017年元旦

前回は1月1日に撮影した今堅田の風景を掲載しましたが、本堅田もちゃんと撮影してきましたよー!というわけで、引き続き、お正月の本堅田を一挙掲載します。

ちなみに当ブログは12月27日に開設9周年となり、記念として、4回連続で、年末の本堅田をご紹介しました。

今回はそのときご紹介できなかった場所と、新年ならではの本堅田の風景を掲載します。まずは、浮御堂北湖岸の穏やかな新春の風景からどうぞ。

浮御堂北湖岸で琵琶湖を眺める家族

浮御堂北湖岸から堅田港方面

湖岸沿いに遊歩道が続いていて、浮御堂北湖岸から十六夜公園・堅田港まで歩くことができます。

冬場はユリカモメの天国で、湖上に白く浮かんでいる大群がユリカモメです。

十六夜公園周辺は、こちらでご紹介していますので、あわせてどうぞ↓

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景2(十六夜公園から浮御堂周辺)
当ブログは12月27日に開設9周年となりました。12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けする予定です。2回目の今回は、浮御堂周辺の隠れた名所をご紹介します。冒頭の写真は、堅田港の対岸で咲いていた小さなお花です。▼前回はこちらhttp://katata.info/2016/12/katata-winter-2016-1/琵琶湖畔の十...

堅田港と漁船と水上派出所

十六夜公園の対岸が堅田港です。漁師さんの漁船などが停泊しています。左の大きな建物は、大津北警察署堅田水上派出所です。

堅田港と琵琶湖と三上山

堅田港。こちらには臨時の観光船などが停泊します。対岸に三上山(近江富士)が見えていますね。対岸に三上山が見えるのは、堅田ならではの風景です。


居初邸近くの地蔵堂

堅田に多いのが、お地蔵さんと地蔵堂です。

かつてこの辺りは琵琶湖でした。堅田内湖と琵琶湖にはさまれた本堅田と今堅田の地域では、かつての水辺のなごり(守護神)として、地蔵堂が残っていると考えられています。

琵琶湖に続く路地

堅田港周辺は路地の多い場所です。琵琶湖に続く路地が至るところで見られます。


お正月の伊豆神社

お正月の伊豆神社。ご近所の方がたくさん初詣に来ておられました。

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景3(おとせの浜~伊豆神社の幸福の石~本福寺)
当ブログは12月27日に開設9周年となりました!12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けします。今回はその3回目。琵琶湖畔の風景と、その周辺の「石」にまつわる名所をご紹介します。写真は、琵琶湖畔の「おとせの浜」です。防波堤の向こうは入り江、背後は比叡山。右手前に、岩のように見えるのは...

伊豆神社から光徳寺へ続く路地

伊豆神社から本福寺、光徳寺へ続く路地です。本福寺は年末にご紹介したので、今回は光徳寺の方向へ行ってみますね。

光徳寺2017年元旦

光徳寺。殉教者・堅田源兵衛の首で知られるお寺です。

前回今堅田のところで書きましたが、浄土真宗中興の祖である蓮如は、比叡山延暦寺から迫害を受け、堅田に滞在した時期があります。堅田は町を挙げて延暦寺と戦って負け(堅田大責)、蓮如は越前に向かうことになりました。

実はそのとき宗祖である親鸞の木像を三井寺に預けたのですが、後年三井寺から人の首を二つ差し出すなら返そうと言われます。堅田の漁師源兵衛は、蓮如を助けるために自分の首を父親に討たせます。

源兵衛の父親は息子の首を三井寺に持って行き、自分の首もはねてくれと言い、三井寺は親鸞の木像を返したという話が残っています。

浮御堂周辺5・堅田源兵衛の首(光徳寺) ~Honkatata/本堅田 164
前回、蓮如が越前吉崎へと逃れた話を書きました。そのとき蓮如は、三井寺(滋賀県大津市)に親鸞の御真影(ごしんねい・親鸞の木像のこと)を預けていったのです。文明十二年(1480)、三井寺に赴いたところ、人の生首を二つ並べるなら返そうと言われ、蓮如は困り果てました。ここ堅田の光徳寺の門徒であった漁師の源兵...

驚くべきことに、堅田源兵衛の伝承は、実は大津市内のほかのお寺にもありまして・・・小関町の等正寺、三井寺町の両願寺です。

『滋賀県の歴史散歩』(山川出版社)を見ると等正寺だけ載っていて、「同じ人間の首がなぜ3つもあるのかは謎である(両願寺は現在非公開) 」とのこと。

私は源兵衛さんの故郷である光徳寺だといいな、救われるのに、と思っていますが、どちらにしろ悲しいお話ですよね。

実は2011年の3月に、光徳寺のご住職から源兵衛さんの首を見せていただいたことがあります。どくろ、それも小さな部類に入ると思われる、愛らしいものでした。

逢坂越7(小関越と堅田源兵衛の伝承)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(13)
桜の名所、長等公園。春はハイカーや家族連れがたくさん訪れる。小関越道標にも近い。(2013年4月4日撮影)北国街道(西近江路)から分かれて藤尾で東海道に合流する約5kmの道が、小関越である。かつては東海道の間道として利用されてきた。芭蕉が初めて大津に入ったときの道でもある。長等神社と長等公園を結ぶ車道の途...

 

祥瑞寺の門2017年元旦-1

前回、松尾芭蕉の句碑があるとご紹介した祥瑞寺です。新年の装いをご紹介します。

祥瑞寺本堂2017年元旦-2


堅田漁港の芭蕉句碑

こちらが前回ご紹介できなかった、堅田漁港の芭蕉句碑です。
入り口のすぐ右側に句碑があります。

「海士の屋は小海老にまじるいとど哉」(芭蕉)

堅田漁港と船

堅田漁港と漁協会館。↓こちらでも三上山が見えていますね。

堅田漁港と漁協会館


福聚院の庭砂

堅田漁港の前にある福聚院(福聚禅院)。お庭が見事です。

福聚院2017年元旦

↓堅田漁港周辺は、堅田内湖の風景がおすすめです。

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景1(堅田内湖周辺と堅田漁港)
当ブログは本日開設9周年となりました!2006年のお正月に浮御堂を訪ねたのがきっかけで、時々堅田に来て写真を撮っていました。約2年後の2007年12月27日に、日めくりカレンダーのように写真を載せて始まったのがこのブログです。なかなか堅田に来ることができない時期もありますが、現在も湖西線に乗って草津から通って...

↓映画ロケ地となった自転車屋さんのほか、神田神社、堅田教会などを掲載。

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景4(湖族の郷資料館~神田神社~商店街~堅田教会)
当ブログは12月27日に開設9周年となりました!12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けします。最終回の今回は、湖族の郷資料館周辺と、商店街に出て堅田教会までの風景です。この冬公開映画のロケ地となった、あの自転車屋さんも登場します!湖族の郷資料館は、二階建ての町屋をそのまま活かした...

撮影日:2017年1月1日
撮影地:滋賀県大津市本堅田2丁目、本堅田1丁目
Lake Biwa and Honkatata town(Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景3(おとせの浜~伊豆神社の幸福の石~本福寺)

琵琶湖と、おとせの浜

当ブログは12月27日に開設9周年となりました!
12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けします。

今回はその3回目。
琵琶湖畔の風景と、その周辺の「石」にまつわる名所をご紹介します。

写真は、琵琶湖畔の「おとせの浜」です。防波堤の向こうは入り江、背後は比叡山。
右手前に、岩のように見えるのは、刈られた葦(ヨシ)の跡です。
その奥や写真中央には、水中から生える葦が見えています。

↓春は一面桜が咲いて、本当にきれいです。

滋賀堅田の桜、一挙大公開!(後編・おとせの浜から真野川まで)
4月12日(火)に、堅田駅周辺の桜を訪ね歩いてきました。前編では、堅田駅から駅西口(山の手)→衣川台→天神川→仰木道から浮御堂周辺への道中を掲載しました。後編にあたる今回は、浮御堂周辺→居初邸の前から堅田内湖→伊豆神田神社→今堅田の琵琶湖岸→米プラザ前→真野川下流と歩きました。帰りは真野川周辺から駅までバス...

石の背後から見える琵琶湖

こちらが「おとせの浜」の由来となった、「おとせ」さんです。(正確には「おとせの石」。)
おとせ石の背後から、琵琶湖を見ています。


おとせ石の伝承

おとせの石の伝承です。
読みにくい場合はこちらをご覧下さい。文字にしてあります。


おとせの浜から見える琵琶湖と三上山

おとせの浜からは、こんな風に琵琶湖と三上山が見えます。私の一番好きな場所です。

この近くの児童公園(ラクダの形の遊具がある公園)は、江戸時代の頃まで「舟入」(小さな港)だったそうです。その舟入に向かって建てられたのが、伊豆神社です。


正月飾りと伊豆神社

伊豆神社。堅田大宮と呼ばれる、堅田を代表する神社です。25日に行ったときは門松と注連飾りがつけられ、すでに新年の雰囲気がありました。


伊豆神社の稲荷

伊豆神社境内にある、正一位年丸大明神。お稲荷さんです。
堅田に行くと、よくお参りしています。


伊豆神社の幸福の石

こちらは伊豆神社の霊石「幸福の石」。

案内板によれば、この石を擦ると幸せになる、恋しい人逢いたい人にその思いが叶うと言い伝えられているそうです。

以前は境内の森の奥に飾られていたそうですが、2012年秋頃から拝殿の脇に置かれるようになりました。

写真ブログKatata/堅田|伊豆神社の「幸福の石」 ~Honkatata 496-497 #shiga #ja...
浮御堂に近い伊豆神社の境内に、霊石「幸福の石」があります。以前は境内の森の奥に飾られていたそうですが、先月末に行ったときには、拝殿の脇に置かれていました。普段は見かけることがなかった20-40代位の人達がお子さんと連れ立って来ていたのが、とても印象的でした。実はそのうちのお1人に、石のことを教えていた...

本福寺保育園

所変わって、堅田の皆さんにはおなじみの、本福寺保育園。こちらの卒業生の方も多いですね。本福寺の前から撮影しました。

本福寺は由緒ある寺です。歴代の和尚様は、室町時代には京都を追われた蓮如上人を保護し(三代住職・法住)、江戸時代には松尾芭蕉の弟子となる(十一代住職・明式(俳号千那))など、歴史に登場する文化人でした。

京都の町は応仁の乱で焼けてしまったので、室町時代の暮らしぶりが書かれた書物は、この本福寺にだけ残っていたりもします。(五~七代の歴代住職が書いた日記で、「本福寺跡書(ほんぷくじあとがき)」と言います。)


本福寺にある千那の句碑

本福寺の十一代住職・明式は、松尾芭蕉の弟子として知られます。

前回、「堅田に芭蕉の句碑が5箇所もある」と書いた答えは、本福寺にありました。

そもそも芭蕉が大津に来たきっかけとなったのは、明式の案内があったからだといわれています。明式は芭蕉の弟子となり、貞享2年(1685)「千那」(せんな)の俳号を与えられました。

以来、芭蕉はしばしば堅田を訪れて、堅田の人々と親交を深めるとともに多くの句を残しています。

資料によれば、芭蕉は40代以降、たびたび大津に滞在し、大津で89句の句を詠んでいます。89句というのは、芭蕉の全発句の約1割にあたる数です。

堅田にある芭蕉の句碑は、こちらでまとめて紹介しています↓

居初氏庭園と堅田教会、堅田の句碑・文学碑・顕彰碑、芭蕉の句碑
風光明媚な堅田は古くから数多くの文化人に愛されてきました。本堅田の名勝である居初氏庭園、ヴォーリズ建築で知られる堅田教会、そして堅田の句碑・文学碑・顕彰碑、芭蕉の句碑をご紹介します。 目次1.堅田の町について2.本堅田の寺社3.居初氏庭園と堅田教会、堅田の句碑・文学碑・顕彰碑、芭蕉の句碑3-1.本堅田...

本福寺本殿

本福寺の門の彫刻

本福寺の除夜の鐘と修正会のチラシ

本福寺では、大晦日の午後11時半頃から「除夜の鐘」の予定。
1月1日午前0時15分からは「修正会」(しゅうしょうえ)だそうです。

「甘酒あります」とのことです。
お近くの方はぜひどうぞ!

以上、勝手に堅田応援!観光案内をお届けしました(^^)


撮影地:滋賀県大津市本堅田1丁目
Lake Biwa and Honkatata(Honkatata,Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景2(十六夜公園から浮御堂周辺)

堅田港対岸で咲いていた花

当ブログは12月27日に開設9周年となりました。
12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けする予定です。

2回目の今回は、浮御堂周辺の隠れた名所をご紹介します。
冒頭の写真は、堅田港の対岸で咲いていた小さなお花です。

▼前回はこちら

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景1(堅田内湖周辺と堅田漁港)
当ブログは本日開設9周年となりました!2006年のお正月に浮御堂を訪ねたのがきっかけで、時々堅田に来て写真を撮っていました。約2年後の2007年12月27日に、日めくりカレンダーのように写真を載せて始まったのがこのブログです。なかなか堅田に来ることができない時期もありますが、現在も湖西線に乗って草津から通って...

十六夜公園と琵琶湖

琵琶湖畔の十六夜公園。公園の名前は、松尾芭蕉が十六夜の日に堅田で句会をしたことにちなみます。芭蕉はこの夜のことを、俳文「堅田十六夜の弁」に残しています。

芭蕉は40代以降、たびたび大津に滞在し、大津で89句の句を詠んでいます。
89句というのは、芭蕉の全発句の約1割にあたる数です。
そして堅田には、芭蕉の句碑がなんと、5箇所もあります!(その理由は次回)


淡水真珠の養殖用の船と堅田内湖

十六夜公園の脇にある階段を上ると、都久生須麻神社(つくぶすまじんじゃ)があります。

竹生島にある神社と同名の神社で、境内には「喜動大弁財天」「竹生島龍神」と刻まれた石(ご神体)が祀られています。お正月の前なので注連縄が新しくなっていました。


都久生須麻神社

都久生須麻神社の本殿と鳥居。背後は十六夜公園で、奥に琵琶湖が見えています。


都久生須麻神社の参道と松

都久生須麻神社の参道と松。

参道から車道に出てまっすぐ行くと、すぐに祥瑞寺があります。室町時代の名僧・一休さんが、若い時代に修行し、悟りを開くとともに一休の道号を授けられたお寺です。


祥瑞寺境内と芭蕉の句碑

祥瑞寺の境内。見事なお庭で、苔のやわらかな緑が目に優しいです。写真の左側に、松尾芭蕉の句碑がありますよ。

「朝茶飲む僧静かなり菊の花」(芭蕉)


北向地蔵

こしきり地蔵(北向地蔵)。祥瑞寺の隣、光徳寺の門前にあります。
腰から下の部分がない地蔵で、地蔵の腰をさすると腰痛に効果があるという伝承があります。


光徳寺のお地蔵さん

本堅田はお地蔵さんの多い町です。
こちらは北向地蔵のすぐ右隣にある、光徳寺のお地蔵さん。


4本の松の向こうに、琵琶湖と三上山

光徳寺から伊豆神社への路地を抜けると、浮御堂の近くに出ます。
浮御堂のそばの公園にて。4本の松の向こうに、琵琶湖と三上山。


12月の浮御堂と琵琶湖

琵琶湖に浮かぶ浮御堂です。正式名は海門山満月寺。京都紫野大徳寺派に属する禅寺です。近江八景の一つ「堅田の落雁」として、古くから多くの人に愛されてきました。

長徳年間(995年頃)、比叡山横川恵心院の僧であった源信(「往生要集」の著者)が、湖上の安全と衆生済度を願い、 自ら千体の阿弥陀仏を刻んで開いたのが始まりです。

本堅田の寺社(伊豆神社・浮御堂・神田神社・光徳寺・祥瑞寺・本福寺・都久生須麻...
本堅田の寺社といえば、近江八景「堅田の落雁」で知られる浮御堂があります。浮御堂の徒歩10分圏には、他になんと8つもの社寺があります。(伊豆神社・浮御堂・神田神社・光徳寺・祥瑞寺・本福寺・都久生須麻神社・妙盛寺・寿寧寺)ほとんどの寺社は自由に見学できます。いずれも手入れが行き届いており、木造建築として...

本堅田はとても美しいところです。

撮影地:滋賀県大津市本堅田1丁目
Lake Biwa and Honkatata(Honkatata,Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

琵琶湖畔【十六夜お月見イベント】のお知らせ(近江八景「浮御堂」近く・滋賀県大津市本堅田「十六夜公園」にて。2016/9/16(金)19時開演、津軽三味線と湖族太鼓の生演奏、ゲストは近江学研究所の木村先生)

チラシ

堅田十六夜ほろよいシンポジウム

◆日時:2016年9月16日(金) 午後7時より
◆場所:琵琶湖畔「十六夜公園」(堅田港・堅田水上派出所の南隣)
※午後5時の時点で雨天の場合は「堅田なぎざ苑」にて開催します。

☽津軽三味線:山口晃義氏(日本民謡晃和会会主・津軽三味線晃和流家元)
☽湖族太鼓:鈴木秀夫氏
☽ほろよいトーク「芭蕉と堅田」:木村至宏氏(成安造形大学近江学研究所顧問)
☽「堅田十六夜の辨」朗詠:細川源太郎氏(湖族の郷郷長)
☽琴演奏:江野俊江さん

◆会費 おひとり(飲み物とも)¥1000
※チケットは当日会場でお求めいただけます。

◆主催:堅田 湖族の郷
◆お問い合わせ:湖族の郷資料館(電話077-574-1685)

□アクセス:京都駅よりJR湖西線で約20分、堅田駅下車。
堅田駅より江若バス堅田町内循環線で約5分、「堅田出町」下車。
湖岸方面(東洋紡・堅田高校の反対方向)へ徒歩約10分。

□雨天時の会場・堅田なぎざ苑 ※十六夜公園は都久生須麻神社のそばです。

大きな地図で見る

近江八景のひとつ、堅田の浮御堂は、琵琶湖に浮かぶようにして建つ禅寺です。
その浮御堂から歩いて5分くらいの湖畔に、十六夜公園という小さな公園があります。

公園の名は、「十六夜」の日に、松尾芭蕉が堅田でお月見の会をしたことにちなみます。この日のことを芭蕉は「堅田十六夜の弁」という俳文にして残しました。

今回ご紹介するイベントは芭蕉にちなんで「ほろよいシンポジウム」となっていますが、ジュースやお茶を飲みながら生演奏を楽しんだりお話を伺ったりする、ゆったりイベントです。(お酒、缶ビールもあります^^)

主催者様から今年もご案内をいただきましたので、皆様にご案内させていただきます。
お近くの方はぜひどうぞ!


写真は十六夜公園堅田十六夜の弁碑(句碑)、そして浮御堂です。

浮御堂の見える公園

付記:芭蕉の俳文「堅田十六夜の弁」について

元禄4年(1691)8月16日、堅田の竹内茂兵衛成秀の家で俳句の席を催したと書かれています。芭蕉はこの夜の様子を俳文「堅田十六夜の弁」として記し、成秀に贈りました。

この前日(十五夜)、芭蕉は大津市南部の「義仲寺」で月見の会を催していました。(”望月の残興なほやまず”)
十六夜の日、弟子数人と琵琶湖に舟を出し、大津市北部の堅田に来たという訳です。(”二三子いさめて、舟を堅田の浦に馳す。”)

義仲寺(ぎちゅうじ)は大津市南部にあるお寺で、木曽義仲と芭蕉のお墓があります。木曽殿の隣で眠りたいというのが、芭蕉の遺言でした。

芭蕉は大津を愛し、何度も訪ねては長期滞在しています。芭蕉が大津で読んだ句は、芭蕉の全発句の約一割にあたる89句にのぼるそうです。(大津市観光物産課発行のパンフレットより)

前置きが長くなりました。以下、「堅田十六夜の弁」全文を掲載します。

望月の残興なほやまず。二三子いさめて、舟を堅田の浦に馳す。
その日、申の時ばかりに、何某茂兵衛成秀という人の家のうしろに至る。
「酔翁・狂客、月に浮 れて来たれり」と、舟中より声々に呼ばふ。
あるじ思ひがけず、驚き喜びて、簾をまき塵をはらふ。
「園中に芋あり、大角豆(ササゲ)あり。鯉・鮒の切り目たださぬこそいと興なけれ」と、岸上に櫂をならべ筵(むしろ)をのべて宴を催す。
月は待つほどもなくさし出で、湖上はなやかに照らす。
かねて聞く、仲秋の望 (もち)の日、月浮御堂にさし向ふを鏡山といふとかや。
今宵しも、なほそのあたり遠からじと、かの堂上の欄干によって、三上(みかみ)・水茎の岡、南北に分かれ、その間にして峰ひきはへ、小山いただきを交ゆ。
とかく言ふほどに、月三竿(さんかん)にして黒雲のうちに隠る。いづれか鏡山といふことをわかず。
あるじの曰く、「をりをり雲のかかるこそ」と、客をもてなす心いと切なり。
やがて月雲外に離れ出でて、金風・銀波、千体仏の光に映ず。
かの「かたぶく月の 惜しきのみかは」と、京極黄門の嘆息のことばをとり、十六夜の空を世の中にかけて、無常の観のたよりとなすも、この堂に遊びてこそ。
「ふたたび恵心(えしん)の僧都の衣をうるほすなれ」と言へば、あるじまた言ふ、「興に乗じて来たれる客を、など興さめて帰さむや」と、もとの岸上に杯をあげて、月は横川(よかわ)に至らんとす。

鎖(じょう)明けて月さしいれよ浮御堂
やすやすと出でていざよふ月の雲

”千体仏”・・・浮御堂に安置されている一千体の阿弥陀仏のこと。
”恵心の僧都”・・・比叡山横川恵心院の僧・源信のこと。平安時代に浮御堂を開いたお坊様です。

”月は横川(よかわ)に至らんとす”に出てくる横川は、比叡山延暦寺の一番奥にある聖地です。芭蕉さんたち、月が傾くまで一晩中飲んだということですね^^;


堅田と芭蕉

芭蕉が大津に来たきっかけとなったのは、 本堅田にある本福寺第十一代住職明式の案内があったからだといわれています。
明式は芭蕉の弟子となり、貞享2年(1685)「千那」の俳号を与えられました。以来、芭蕉はしばしば堅田を訪れて、堅田の人々と親交を深めるとともに多くの句を残しています。

▼堅田には、芭蕉の句碑が5箇所もあります!句碑めぐりのご参考に。

居初氏庭園と堅田教会、堅田の句碑・文学碑・顕彰碑、芭蕉の句碑
風光明媚な堅田は古くから数多くの文化人に愛されてきました。本堅田の名勝である居初氏庭園、ヴォーリズ建築で知られる堅田教会、そして堅田の句碑・文学碑・顕彰碑、芭蕉の句碑をご紹介します。 目次1.堅田の町について2.本堅田の寺社3.居初氏庭園と堅田教会、堅田の句碑・文学碑・顕彰碑、芭蕉の句碑3-1.本堅田...

▼芭蕉の弟子として有名な人物に宝井其角(たからいきかく)がいますが、其角の父親が堅田出身です。本堅田1丁目には宝井其角寓居跡があります。

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■17~alley/路地 012
松尾芭蕉の弟子・宝井其角(たからいきかく)は、父親が堅田の出身だったこともあり、たびたび堅田を訪れては滞在した。見えているのは光徳寺の屋根と其角亭跡。芭蕉ゆかりの本福寺はこの光徳寺のすぐ隣にあり、其角亭のあった場所が文化の中心地だったことがうかがえる。堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 路地 「本...

 

特別編:大津における芭蕉の発句、89句すべてを掲載しています~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(18)

芭蕉は40代以降、たびたび大津に滞在し、大津で89句の句を詠んでいます。
89句というのは、芭蕉の全発句の約1割にあたる数です。

幻住庵(大津市国分)に滞在したのは、『奥の細道』の旅の翌年。春に約4ヶ月滞在しました。このときの滞在記が、芭蕉の俳諧七部集のひとつ『猿蓑』に収められている『幻住庵記』です。

大津を愛した芭蕉は、義仲寺(大津市馬場)に庵を結び(無名庵)、たびたび滞在しました。その亡骸は、遺言により、義仲寺境内にある木曽義仲の墓の隣に葬られています。

凡例:
数字 通し番号(01-89)
【】  句が読まれた場所
[ ]   句碑がある場所(大津市内)

 

◆貞享2年(1685) 芭蕉42歳
3月:初めての大津滞在。『野ざらし紀行』の旅の途中、京都から小関越で大津に入る。堅田本福寺の住職・三上 千那(せんな)、枡屋町(現・浜大津2丁目)の医師・江左 尚白が入門。千那宅、尚白宅に宿泊。

01.山路(やまじ)来て 何やらゆかし 菫草 【小関越え】 [小関天満宮]
02.辛崎(からさき)の 松は花より 朧にて 【唐崎】 [唐崎神社、近江神宮]

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堅田、桜と花と緑(16)・奥深く ~Honkatata/本堅田189

新緑の祥瑞寺

有漏地(うろぢ)より無漏地(むろぢ)へ帰る 一休み  雨ふらば降れ 風ふかば吹け(一休)
※有漏地(うろぢ)=迷い(煩悩)の世界  無漏地(むろぢ)=悟り(仏)の世界
一休さんが22歳から34歳まで修行したのが、堅田の祥瑞寺です。堅田の浜辺で悟りを開いたときに、一休さんが詠んだ句です。


朝茶飲む僧静かなり菊の花 (芭蕉)
後年、松尾芭蕉が祥瑞寺を訪れて、この句を詠んでいます。境内に芭蕉の句碑があります。


堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 祥瑞寺16 「新緑の祥瑞寺2」 2009.04.07 12:25
photograph of Katata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata  Shouzui-ji temple”Shouzui-ji temple in fresh green”2  2009.04.07 12:25
Matsuo Basho(1644-1694) , who is the most famous poet of the Edo period in Japan, also visited this temple.There is a monument of Basho’s poetry.

浮御堂周辺6・芭蕉句碑(祥瑞寺) ~Honkatata/本堅田 165-166

祥瑞寺の芭蕉句碑

祥瑞寺の芭蕉句碑の解説文

祥瑞寺を訪れた松尾芭蕉は、「朝茶飲む僧静かなり菊の花」と詠んでいます。
Matsuo Basho(1644-1694) , who is the most famous poet of the Edo period in Japan, had visited this temple.There is a monument of Basho’s poetry in the precincts of a temple.


堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 祥瑞寺12 「祥瑞寺の芭蕉句碑1」 2008.04.06 12:52
堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 祥瑞寺13 「祥瑞寺の芭蕉句碑2」 2008.04.15 11:49

photograph of Katata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata  Shouzui-ji temple 12
“Monument for Basyo’s Poetry in Syouzui-ji temple”1  2008.04.06 12:52
photograph of Katata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata  Shouzui-ji temple 13
“Monument for Basyo’s Poetry in Syouzui-ji temple”2  2008.04.15 11:49

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■58 ~alley/路地 020、Ukimido /浮御堂 024、Honkatata/本堅田 070

新緑の枝垂桜の下、銀色の階段

都久生須麻神社の脇の路地から、琵琶湖畔の十六夜公園へと抜ける。

琵琶湖畔・十六夜公園にある堅田十六夜の弁記碑。向こうに浮御堂が見える。

琵琶湖畔・十六夜公園にある堅田十六夜の弁記碑。向こうに浮御堂が見える。
公園の名前は、松尾芭蕉の俳文、「堅田十六夜の弁」(かたた・いざよいのべん)に由来する。

元禄4年(1691)8月16日、芭蕉は数名の門人と舟で堅田に出かけ、竹内茂兵衛成秀の家で、十六夜の月を愛でる俳句の席を催している。堅田十六夜の弁にはこの日のことがつづられている。前日、義仲寺(滋賀県大津市)において月見の宴が催されたが、その余韻はまだ冷めておらず、この日の俳句の席が、前夜にも増して盛況だったという。詳しい解説は三枚目の写真をどうぞ。

大津市作成の堅田十六夜の弁の解説文

「堅田十六夜の弁」の中に出てくる、「鎖(じょう)明けて月さし入れよ浮御堂」、「やすやすと出でていざよう月の雲」の句については、浮御堂境内に句碑がある

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 路地 「本堅田・都久生須麻神社の路地3」
an alley,near Tsukubusuma shrine  2008.05.21 10:02

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 浮御堂 「5月の浮御堂4・堅田十六夜の弁記碑と浮御堂」  Katata izayoi_no_ben monumento and Ukimido temple 2008.05.21 9:52

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 「堅田十六夜の弁記碑・解説文」
Katata izayoi_no_ben 2008.04.01 15:24


先月に引き続き、JR湖西線・堅田駅、および滋賀県大津市本堅田1丁目の社寺を写した、2008年春の記録をお送りしています。浮御堂の徒歩10分圏内には9つの社寺があり、今月は浮御堂を含め6つをご紹介しました。

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■46 ~Honkatata/本堅田 061

祥瑞寺境内

うっそうとした緑の中、正面奥に祥瑞寺庭園に続く木の門が見える。

祥瑞寺を訪れた松尾芭蕉は、「朝茶飲む僧静かなり菊の花」と詠んだ。
写真左側に見える石が、芭蕉の句碑である。

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 祥瑞寺7 「祥瑞寺境内」
Shouzuiji temple(Katata,Shiga prefecture,Japan) 2008.05.21 10:42


先月に引き続き、JR湖西線・堅田駅、および滋賀県大津市本堅田1丁目の社寺を写した、2008年春の記録をお送りしています。浮御堂の徒歩10分圏内には9つの社寺があり、今月は浮御堂を含め6つをご紹介します。今月3番目の登場は、祥瑞寺。

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■17~alley/路地 012

其角亭跡と光徳寺の屋根

松尾芭蕉の弟子・宝井其角(たからいきかく)は、父親が堅田の出身だったこともあり、たびたび堅田を訪れては滞在した。

見えているのは光徳寺の屋根と其角亭跡。芭蕉ゆかりの本福寺はこの光徳寺のすぐ隣にあり、其角亭のあった場所が文化の中心地だったことがうかがえる。

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 路地 「本堅田・其角亭跡のある路地2(其角亭跡と光徳寺の屋根)」 an alley,Kikakutei(Katata,Shiga prefecture,Japan)  2008.03.02 12:25


今月お送りしているのは、JR湖西線と堅田駅、および滋賀県大津市本堅田1丁目の古い路地を写した、 2008年春の記録です。