滋賀堅田の桜、一挙大公開!(前編・真野の中村八幡宮と衣川の鞍掛神社周辺を含む)

4月12日(火)に、堅田駅周辺の桜を訪ね歩いてきました。堅田という名前のブログながら、なかなか堅田へ来れないもどかしさがありました。

今年の桜撮影の〆に、中村八幡宮の桜に会いに行こうと決めていました。中村八幡宮があるのは真野ですが、堅田駅も真野にあります。どちらも私の好きな町です。

堅田の桜は大津市内より遅めなこともあり、みんな待っててくれました。駅前の桜は大津市内と同じですが、湖岸や高台の桜は海津大崎とほぼ同じくらいに咲きます。桜が咲くと琵琶湖畔の町には一気に春が来たようで、本当に美しい風景が広がります。

堅田駅から山の手(堅田駅西口)→衣川台→天神川→仰木道から浮御堂周辺へと歩き、居初邸の前から堅田内湖→伊豆神田神社→今堅田の琵琶湖岸→米プラザ前→真野川下流と歩いて、真野2丁目交差点から湖西線沿いに堅田駅まで歩いて戻ってきました。

中村八幡宮の桜

中村八幡宮(大津市真野1丁目)。里山の大きな桜なので、遠くから写してみました。実は堅田駅ホームからもちらっと見えます。近景は下記バックナンバーをご覧下さい。

湖西の里山から2011【真野の春・前編】 中村八幡宮の桜、比良山系の残雪、菜の花...
堅田駅のすぐ裏側に広がる田園風景と里山の町、滋賀県大津市真野。モンシロチョウが飛び、時には鶏の声がして、春の香りいっぱいの真野を昨日(4月13日)、一日かけて撮影してきました。今回真野を訪ねたのは、この桜の木に会うためでした。真野1丁目の中村八幡宮には、桜の大木が二本、寄り添うようにしてあります。中...

耕豊第三自治会館と桜

耕豊第三自治会館(本堅田6丁目)。本堅田の山側(高台)にある素敵なところです。

堅田の高台を歩く(2) 満開の桜と地蔵堂 ~Honkatata/本堅田 242 
琵琶湖の見える高台に行く途中でした。道の角に美しい地蔵堂がありました。見上げれば満開の桜でした。(この写真は2009年4月11日に撮影したものです。)堅田(滋賀県大津市)の写真 本堅田6丁目 その11 「満開の桜と地蔵堂」 2009.04.11 10:11■撮影地:滋賀県大津市本堅田6丁目9(耕豊第三自治会館前)Cherry blos...

妙法寺の桜

妙法寺(本堅田6丁目)。春日山古墳群の入り口の隣にあるお寺です。

堅田の高台を歩く(4) 妙法寺の門、春日山古墳群へ続く道 ~Honkatata/本堅田 2...
春の陽気に誘われて、堅田駅の裏からずっと坂道を登ってきました。ここは山の中腹にある妙法寺の山門です。山門の前でも、境内でも、満開の桜が迎えてくれました。山門の脇から山へ続いている道が、春日山古墳群に続く道。道の途中にある高台からは、堅田の街と琵琶湖が一望できます。(次回へ)堅田(滋賀県大津市)の...
堅田、桜と花と緑(14)・思い出の桜 ~Honkatata/本堅田187
「君にいろんなことを言ったけど、最後はキラキラした透明な感情だけが、私の中に残ります。」堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 妙法寺 「本堅田のある場所の桜」 2009.04.11 10:45photograph of Katata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata "Cherry blossoms of a certain place in Honkatata"  2009.04.11 1...

合格の道と桜

衣川天満宮「合格の道」(本堅田6丁目~衣川3丁目)。「合格の道」看板の裏に書かれている言葉は、下記に掲載しています。

受験生の皆さんへ。衣川天満宮参道「合格の道」に、サクラサク季節の写真です。
このブログは、琵琶湖の畔・滋賀県大津市堅田の写真ブログです。試験シーズンということで、衣川天満宮参道「合格の道」から、サクラサク季節の写真をお届けします。衣川天満宮(きぬがわてんまんぐう)は、堅田のお隣・滋賀県大津市衣川(きぬがわ)にある天満宮です。合格の道に書かれた言葉。「あなたのたゆまない努...

衣川天満宮春の祭礼案内

衣川天満宮の春祭りは、4月16日(土)15時から宵宮、17日(日)例大祭とのことです。


鞍掛神社の桜

鞍掛神社(衣川2丁目)。天智天皇の息子である大友皇子(弘文天皇)を祀った神社です。4本(手前に3本+奥に1本)の桜の大木があります。4月12日はちょうど満開でした!2月から3月にかけては、梅の花が素晴らしい神社です。

鞍掛神社と梅の花(滋賀県大津市衣川)
初めて鞍掛神社を訪ねたのは、2013年の3月。静まり返った境内を、梅の花が咲いていました。その佇まいが深く印象に残ったので、また梅の咲く時期に訪ねたいと思いながら3年ぶりに訪ねると、6本ある梅の古木が変わらず迎えてくれました。鞍掛神社は衣川台という住宅地の一角にあります。参道に足を踏み入れると空気が一変...

西羅古墳1号墳の桜

西羅古墳1号墳(衣川2丁目)。先日掲載した「衣川特集」の続きとして、後日改めてご紹介しますね。


天神川の桜と鯉のぼり

天神川橋上流(衣川1丁目)。たくさんの鯉のぼりが泳いでいましたよ!

あともう一風!滋賀県大津市・天神川の鯉のぼり(前編) ~Tenjingawa Green belt...
ここは滋賀県大津市衣川(きぬがわ)の天神川。JR堅田駅から徒歩20分ほどのところです。天神川橋(国道161号線の上に架かっている橋)で鯉のぼりが見られると聞いて、春の夕暮れ時に立ち寄ってみました。鯉のぼりのお尻がなかなかあがってくれません^^;あともう一風ほしいところです。地蔵堂とプランターのお花、新緑...

天神川橋近くの桜

天神川橋下流(堅田1丁目)。大津市北図書館の隣です。新緑がきれいでした。

桜の淡いピンク、ユキヤナギの白。琵琶湖に注ぐ川・天神川の春 ~Tenjingawa Gree...
♪春の小川はさらさらゆくよ。まさにそんな感のある、のどかな春の風景。天神川は、湖西の山から流れて下流の堅田で琵琶湖に注ぐ川です。川沿いに遊歩道が続き、撮影した付近には図書館と東洋紡の研究所が隣接しています。ちょうど対岸に見えているのが、東洋紡の研究所です。(かなり広大な敷地です。)川沿いのこの道で...

天神川の桜

天神川緑地(堅田1丁目)。天神側に沿って琵琶湖まで遊歩道が続いています。

堅田の桜の写真(1) 天神川 ~Tenjingawa Green belt/天神川緑地 019
今日から、一足早く、堅田(滋賀県大津市)の桜をお届けします。まずは、堅田地区を流れる「天神川」の風景から。桜の下に一面に続く白と緑は、ユキヤナギです。とても美しい眺めです。(この写真は2009年4月11日に撮影したものです。堅田の桜は例年4月10日前後から見ごろになりますので、ご注意ください。)天神川は湖...

おとせの浜の桜

おとせの浜(本堅田1丁目)。琵琶湖畔の浜辺です。2015年春にもご紹介しました。

滋賀の桜(6) 琵琶湖畔(堅田「おとせの浜」)にて、満開の桜 ~the most beaut...
昨日(4月9日)は、桜の撮影で湖北(滋賀県北部)を回ってきました。その帰りに撮影した、おとせの浜(堅田)の桜です。琵琶湖の小さな入り江に面した、桜並木とヨシ群落。対岸には三上山(近江富士)。初めてここに来たのは、ちょうど10年前のことでした。▼おとせの浜の伝承(源平合戦に由来しています)http://katata....

浮御堂隣の公園の桜

浮御堂隣の公園(本堅田1丁目)。おとせの浜に面していて、琵琶湖がよく見えます。撮影した日は、近所のOLさんがお弁当を持ってランチを楽しんでおられました。

この公園にはかつて柳の大木がありました。大好きな木でしたが、内部が枯れていたようで、2014年4月から2015年4月までの間になくなりました。在りし日の風景です。↓

琵琶湖畔(おとせの浜)にて柳の新芽と咲き始めた桜、堅田内湖と舟、菜の花とコブ...
4月1日、撮影の合間に、久しぶりに堅田へ行ってきました。琵琶湖岸(おとせの浜)は柳の新芽がきれいで、桜のつぼみがほころんでいました。3日前の写真なので、今はもっと咲いているかも、ですが・・・堅田の桜は若干ゆっくりめのような気がします。(比叡山の麓ですからね。)浮御堂の近くで桜が咲いていたのは、伊豆神...

長くなったので、続きは次回に。真野川の桜も登場しますよ!

撮影日:2016年4月12日(火)
Beautiful scenery of  Katata (Katata,Otsu city,Shiga,Japan).
Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

国指定史跡「衣川廃寺跡」(滋賀県大津市衣川)

衣川廃寺跡案内板

話は飛鳥時代にさかのぼります。667年3月19日、中大兄皇子(後の天智天皇)は飛鳥から近江大津に都を遷しました

同時代に大津にあった寺院が、今回ご紹介する衣川廃寺跡です。大津市歴史博物館の解説には「7世紀中頃に創建された滋賀県最古の寺院と見られている」とあります。

大津宮と同時代の寺院跡は、園城寺(三井寺)の前身寺院、そして滋賀里の崇福寺跡が知られています。PDF「古代の大津. 大津京遷都の時代背景. 大津京遷都の時代背景」(大津市)には、この2つに加えて、南滋賀町廃寺跡穴太廃寺跡の名前がありました。この中に衣川廃寺跡も入れて欲しいと思うのは、ただの贔屓目でしょうか。というのも、衣川もまた大友皇子(天智天皇の息子)とゆかりの深い土地だからです。

衣川には、大友皇子が最期を迎えた地であるという伝承が1300年以上にわたってあります。壬申の乱に敗れた大友皇子は、従者とともに衣川に落ち延びて、乗ってきた馬の「鞍」を柳の木に「掛」けると、自ら命を絶ったと伝わっています(鞍掛神社の伝承)。

もしかして、皇子が衣川を選んだのなら、それは衣川寺があったからかもしれません。7世紀と言えば仏教は日本に伝わっていて、政情不安の中、高貴な人たちは仏教を心のよりどころにしていました。最期に寺を訪ねてもおかしくありません。今回改めて思い出したのは、随筆家の白洲正子さんが大友皇子について触れた一節でした。
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衣川城跡/衣川のお地蔵さんと鞍掛神社の伝承 (滋賀県大津市衣川)

衣川城跡

滋賀県大津市衣川に、琵琶湖の見える閑静な住宅街があります。衣川台です。JR堅田駅から高架に沿って歩き、天神川の明神橋を渡って歩くこと、約20分。先日ご紹介した鞍掛神社へ続く坂道を登っていくと、右手に児童公園があります。

公園の入り口近くには、なんと、「衣川城跡」の石碑が!突然出合った歴史ミステリー、ずっと気になっていました。衣川城について分かっていることはとても限られていて、案内板に書いていることや資料をまとめると、次のような感じです。

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貨物列車「レッドサンダー」、早春のJR湖西線を走る(滋賀県大津市衣川にて)

貨物列車レッドサンダー

JR湖西線を眺めていたら、見慣れない赤い列車が単体で走ってきたので急遽撮影。
車体に書いてあった「JRF RED THUNDER」で検索すると、貨物列車を牽引する機関車だと分かりました。いろんな列車があるものですね。

ウィキペディアには「JR貨物EF510形電気機関車」、国土交通省のページには「EF510形式(愛称:ECO-POWERレッドサンダー)」と紹介してありました。

(参考)
JR貨物EF510形電気機関車(ウィキペディア)
鉄道:車両紹介 – 国土交通省

衣川台(滋賀県大津市衣川2丁目)は、JR堅田駅近くの高台の住宅街です。高架式の湖西線にいろんな電車が走っているのがよく見えますよ。レッドサンダーを見たのは初めてでしたが、特急サンダーバードと普通列車はよくみかけます。

早春の畑と、JR湖西線を走る普通列車
こちらも衣川台から撮影。早春の畑と、JR湖西線を走る普通列車です。

撮影日:2016年2月21日(日)
JR train at Kinugawa,Otsu city,Shiga prefecture,Japan.
Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

鞍掛神社と梅の花(滋賀県大津市衣川)

鞍掛神社の梅

初めて鞍掛神社を訪ねたのは、2013年の3月。静まり返った境内を、梅の花が咲いていました。その佇まいが深く印象に残ったので、また梅の咲く時期に訪ねたいと思いながら3年ぶりに訪ねると、6本ある梅の古木が変わらず迎えてくれました。

鞍掛神社は衣川台という住宅地の一角にあります。参道に足を踏み入れると空気が一変します。私は特に何かを感じる性質ではありませんが、ここは聖域だと実感する場所です。

「参道の空気(雰囲気)」というと何だか感覚的な話になってきますが、境界のめりはりがはっきりしている場所なのかもしれません。寺社や自然が観光地化されてくると、聖域と世間の境界が曖昧になってくる印象を持っています。

今まで仕事等で撮影してきた中にパワースポットと言われる場所・神社がいくつかありましたが、参道で空気が一変したのは、小野神社(滋賀県大津市小野(旧志賀町小野))、大避神社(兵庫県赤穂市坂越)、室生龍穴神社(奈良県宇陀市室生)、天智天皇陵の陵墓前(京都市山科区)、そして鞍掛神社でした。

梅

鞍掛神社境内

鞍掛神社(滋賀県大津市衣川2丁目)。陽成天皇の勅命によって882年に創建された神社で、弘文天皇を祀っています。この地は、天智天皇の子・大友皇子(弘文天皇)が最期を迎えた場所という伝説が残る場所です。

鞍掛神社の伝承は、日本書紀と異なります。壬申の乱で敗れた大友皇子は、従者と共に衣川の地に落ち延びました。皇子は乗ってきた馬の「鞍」を柳の木に「掛」けると、自ら命を絶ったと伝わっています。

伝承では、大友皇子の最期をみとった二人の侍臣がいて農民となって衣川に定住しました。その子孫は同じ名字(中村姓)を名乗るようになり、鞍掛神社の氏子がその末裔だと言われています。

鞍掛神社本殿

鞍掛神社

大友皇子の最期地は各地に伝承があります。壬申の乱で敗れた瀬田の唐橋の周辺が多いようです。知られたところでは大津市内に3箇所ある御霊神社がそうですし、唐橋に近い石山寺の境内にも慰霊の若宮があります。

同じ大津とはいっても、鞍掛神社は唐橋からかなり離れたエリアにあります。壬申の乱の激戦地となった岐阜県の関ケ原を訪ねた際には「弘文天皇御陵候補地・自害峯の三本杉」があることを知りました。

こんなにたくさんの伝承地があるのは、父・天智天皇亡き後、叔父の大海人皇子(後の天武天皇)と皇位継承争いをしなければならなかった若き皇子の悲劇が、多くの人の心に刻まれてきたからでもあったのでしょう。

昨年の秋、奈良県の明日香村にある天武天皇の御陵(天武・持統天皇陵)を訪ねる機会がありました。小高い丘を登っていくと、周囲は一面の柿畑でした。あまりにのどかで平和な風景に、なんだか救われる思いがしました。(そのときの写真はこちらです

 

大友皇子の命日は7月23日とされるため、鞍掛神社では毎年7月に例祭を行なっています。

2013年例祭の様子を撮影させていただいたときの写真です。
大津市衣川/鞍掛神社 2013年例祭の写真(前編)
大津市衣川/鞍掛神社 2013年例祭の写真(後編)

鞍掛神社(大津市衣川2丁目28-1)

撮影日:2016年2月21日(日)
Kurakake shrine(Kinugawa,Otsu city,Shiga prefecture,Japan) and Japanese apricot,Prunus mume.
Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

しばらく衣川特集です!(滋賀県大津市衣川)

衣川地区の田んぼと三上山

このブログは、2007年に、琵琶湖畔の町・堅田の写真を掲載したことから始まったブログです。堅田は滋賀県大津市北部に位置するまちで、南北に西近江路(北国海道)、西は京都の大原で、東は琵琶湖、しかも琵琶湖の最狭部(幅が最も狭いところ)にあるため、古くから交通の要所でした。

堅田の南西に広がるのが、衣川(きぬがわ)という地区です。近世には西近江路の宿駅(衣川宿)が置かれたところで、近江国(滋賀)大津から高島を経て、越前国(福井)へと、古来から多くの往来がありました。

衣川と堅田との地理的・歴史的な結びつきは強く、堅田を調べていると一緒に出てくることが多い地区でもあります。江戸時代に堅田藩が置かれたときも、衣川村は本堅田村とともに堅田藩の領地となりました。

そういえば、先月研究者の方から聞いた話の中に、「江戸時代に松平春嶽(第16代越前福井藩主)の一行が衣川宿に泊まったが、行列の人数が多すぎて、春嶽は本堅田の本福寺に急遽宿を求めたという記録が残っている」という話がありました。

先日の当ブログでは、堅田駅から30分程歩いたところにある「梅宮神社」をご紹介しました。2月21日に衣川を歩き、まだまだご紹介していない素敵な風景があるなと実感しています。これまで衣川天満宮天神川緑地鞍掛神社などをご紹介してきましたが、今回改めて衣川を特集することにしました。

しばらく衣川特集です!(滋賀県大津市衣川)

◆掲載済み
梅の花と、大津市衣川の梅宮神社(後編)(2016/2/21撮影)
梅の花と、大津市衣川の梅宮神社(前編)(2016/2/21撮影)

◆バックナンバーにて掲載済み
鞍掛神社(天智天皇の子、大友皇子が最期を迎えた場所という伝承が残る地)
衣川天満宮
天神川緑地
堅田駅北側(山の手)の再開発-2015年と2009年秋の写真とともに
江戸時代の堅田と堅田藩、大庄屋と居初氏について(後編)(滋賀郡衣川村)

◆次回以降予定(掲載随時・順不同)
鞍掛神社と梅の花(2016/2/21撮影)
衣川城跡/衣川のお地蔵さんと鞍掛神社の伝承
JRの見える風景(衣川台から)⇒貨物列車「レッドサンダー」、早春のJR湖西線を走る

稲荷神社とJR湖西線、三上山の見える風景
国指定史跡「衣川廃寺跡」
幻の龍瑞寺(堅田藩主堀田正高の祈願寺)

北国海道道標と榎(衣川1丁目~本堅田5丁目)⇒坂本に残る「衣川北国道」の道標~北国海道と衣川の話

西羅古墳

明神橋から見た堅田駅方面・再開発の様子⇒堅田駅西口(山の手)の再開発、進む-2016年4月(2009年、2015年の写真とともに)

Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

梅の花と、大津市衣川の梅宮神社(後編)

梅宮神社の梅
大津市衣川の梅宮神社は、鎌倉時代(正応5年・1292年)に京都の梅宮大社の分霊を勧請し、子授け・安産・縁結び、酒造の神として信仰を集めてきました。

京都の梅宮大社の由来には、平安時代、嵯峨天皇の皇后(橘嘉智子)が梅宮大社に参拝したところ、皇子(のちの仁明天皇)を授かったという話があります。衣川の梅宮神社にも似たような話が伝わっていて、明応8年(1499年)に近江守護佐々木高頼の夫人が参拝して子を授かり、社殿を再建したとありました。

御由緒
明細書によれば創祀年代不詳であるが、当社は正応五年、猪飼道盛により山城国葛野郡梅津に坐す梅津大社の分霊を勧請したと伝えられている。 後土御門天皇明応八年近江守佐々木高頼の夫人が安産の宿願あって社殿を再建せられ、以後佐々木氏代々崇敬せられ、志賀梅宮大神と称した。滋賀神社庁

梅宮神社の主神は、酒解神(さけとけのかみ)の別名を持つ、大山祇神(おおやまつみのかみ)。そして酒解子(さけとけのみこ)の別名を持つ、木花開耶媛(このはなさくやひめ)。そのため、醸造業(酒・醤油・麦酒等)の神様としても崇められてきました。

なお酒解神は、京都の梅宮大社の由来となった橘氏の祖神とする説もあるようです。ちなみに梅宮神社の神紋は橘で、京都の梅宮大社を創建した橘氏にちなみます。境内には、梅宮大社から移植したという橘の木が植えてありました。

ウメ

ウメ

ウメ
梅宮神社境内のウメ。いろんな種類がありましたよ!花の見ごろはこれからです。

梅宮神社由緒書
梅宮神社では、3月3日に祭礼(節句祭)があるそうです。衣川公民館から神社まで「お渡り式」が行われ、到着はお昼前、神事は正午ごろからとのことです。お近くの方はぜひどうぞ。

※梅宮神社では安産のお守りを販売しておられます。連絡先が個人宅なので、掲載は控えさせていただきました。ご希望の方は現地でご確認いただければ幸いです。

※2017年3月5日追記:掲載されている情報は2016年現在の情報です。2017年は曜日の関係で3月5日(日曜日)開催になったとのことです。翌年以降の祭礼の日時・行程等は、梅宮神社までお問い合わせいただきますよう、お願いします。

梅宮神社に限らずの話ですが、祭礼の日時は曜日の関係で前後することがあります。行程等は年によって変更されることがあります。そのため後年、掲載当時と状況が異なってくる場合がどうしてもあります。

そのため当ブログでは、後日検索等で入ってくる方の注意喚起のために撮影日等を記載しております。情報の受け取り方としてご留意いただければ幸いです。(追記ここまで)

梅宮神社(滋賀県大津市衣川1-25-29)

撮影日:2016年2月21日(日)
Umenomiya shrine and Japanese apricot,Prunus mume.
Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

梅の花と、大津市衣川の梅宮神社(前編)

ウメ
昨日、大津市衣川の梅宮神社周辺を撮影してきました。梅宮神社は、堅田駅から山の手を30分ほど歩いたところにあります。神社の前を通る車道を少し北へ行ったところ、湖西線沿いに梅が数本あって、そちらはほぼ満開でした(写真1枚目)。

ウメ
こちらが衣川の梅宮神社です(写真2枚目)。梅宮神社は京都の梅宮大社の分社で、安産と子授け、縁結び、酒造の神様を祀っています。境内の梅は咲き始めでした。

この続きは次回お届けします。

梅宮神社(大津市衣川1-25-29)の地図です。

Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)