サツキツツジの名刹:東海道水口にて大池寺蓬莱庭園、石部から野洲川渡って正福寺(滋賀県甲賀市~湖南市)

大池寺庭園-1(5月の頃)

大池寺庭園

滋賀県南部でもサツキ(サツキツツジ)が咲き始めました。

ツツジとの違いはというと、ツツジよりも小さな花で、ツツジよりも遅く咲く花です。植え込みによく使われているので、親しみを持って眺めている方は多いのではないでしょうか。

昨今なかなか遠出もできないので、バックナンバーから、サツキの見事な庭園をご紹介します。いずれも白洲正子さんの随筆『近江山河抄』に掲載されている名刹です。

以前(2013年~2014年を中心に)、『近江山河抄』の舞台となった場所を個人で撮影しながら回ったことがありまして、2013年当時と2016年頃に再訪した時の写真です。

滋賀県甲賀市水口町の大池寺

大池寺庭園-2(6月、サツキの咲く頃)

蓬莱庭園と呼ばれる大池寺庭園は、5月下旬から6月にかけて咲くサツキで知られます。小堀遠州の作と伝わるシンプルな庭園で、白砂は海を、サツキの刈込みは波と宝船を表しています。中に七つの石と小さな刈込があり、七宝と七福神を象徴しているとの事。

『近江山河抄』より、水口と大池寺のくだり(名文)を一部ご紹介します。

東海道は、草津で中山道とわかれて南下するが、一番はじめにくる主要な町が水口(みなくち)である。(中略)

水口の北には、聖徳太子の建立による大池寺という寺があり、緑したたる丘陵の間に、建つ姿は、旅人の姿をひく。現在は禅宗の寺になっているが、書院の奥には目ざめるような枯山水の庭があり、小堀遠州の作と伝える。(中略)

白砂をしきつめた中に、つつじの刈込みが変化のある起伏をみせており、見ようによっては近江の遠山とも、湖水に横たわる竜神のうねりのようにも映る。(白洲正子『近江山河抄』

近江路1(東海道水口と大池寺)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(25)


滋賀県湖南市(旧・甲西町)の正福寺

正福寺の石仏とツツジー1(滋賀県湖南市)

正福寺の石仏とツツジー2(滋賀県湖南市)

正福寺(しょうふくじ)は、1250年前、聖武天皇の勅願で良弁によって開かれました。

5月下旬から6月上旬には、境内奥の石仏を取り囲むようにサツキの花が咲きます。

開基当時は七堂伽藍を完備し、僧坊18、公衆12人を属していたというから大寺院でした。本尊の胎蔵界大日如来は、金粛大菩薩(良弁)の一刀三礼の彫刻という秘仏です。

元亀年間(1570年)に織田信長と佐々木六角の兵火に遭い、一山諸堂僧坊は焼失。本尊の大日如来や、十一面観世音菩薩など(いずれも重要文化財)は難を逃れました。山号は大乗山で、明暦年間に浄土宗に改宗しています。

余談ですが撮影当時、石部駅で電動自転車を借りて(駅のレンタサイクル)、交通量の多い車道を進みながら野洲川を越えました。ちょうど麦秋の頃でした。坂道を登り、菩提寺(地名)で右折した後は、一転して車とすれ違うのが怖い道幅の道。延々と進んでようやく到着したのを、今でも覚えています。

紫香楽の宮6(失われた奈良の文化圏を追って、正福寺と廃少菩提寺)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(23)

『近江山河抄』は昭和49年に出版された、近江(滋賀県)の優れたガイドブックです。

 

残念ながら40年以上が経過し、出版当時とは変わってしまっている部分もあるため、滋賀で生まれ育った人間が実際に歩いて、地図をつけて当ブログに掲載しました。

何かの形でまとめられたらいいと思っているのですが…なかなか機会がなく今日に至ります。それでも、その間多くの方に地元の風景を写真で見ていただけたことは、掲載してみて本当に良かったと思っています。

「近江山河抄の舞台を歩く」目次

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