2019年1月堅田講演会ダイジェスト(後編)

堅田内湖について

滋賀県大津市本堅田での講演会(2019年1月22日)のダイジェストを掲載しています。

前編はこちら↓

2019年1月堅田講演会ダイジェスト(前編)


今回は後編です↓

3.堅田の風景

Katata-堅田-

淡水真珠の養殖用の舟(堅田内湖から)
淡水真珠の養殖用の舟(堅田内湖から) ~Honkatata/本堅田 355

冬の朝、堅田内湖と雪の比良山系
堅田内湖と雪の比良山系(滋賀県大津市本堅田)~堅田の冬の風景3(2017年12月)


琵琶湖のラグーン(潟湖)、堅田内湖2
琵琶湖のラグーン(潟湖)、堅田内湖3
琵琶湖のラグーン(潟湖)、堅田内湖-6
琵琶湖のラグーン(潟湖)、堅田内湖。水に浮かんでいるような町、舟と緑と花と。 ~Honkatata/本堅田 467-471
琵琶湖のラグーン(潟湖)、堅田内湖。水に浮かんでいるような町のお話、続編。

涼しげなお地蔵さん。本堅田2丁目にて- 2
涼しげなお地蔵さん。本堅田2丁目にて。 ~Honkatata/本堅田 474-476

堅田内湖に面した民家と渡し場
堅田内湖(内湖公園から) ~Imakatata/今堅田 072

杢兵衛造船所にて、新うみのこ組み立ての様子2017年12月
杢兵衛造船所にて「うみのこ」組み立ての様子(滋賀県大津市今堅田)~堅田の冬の風景6

▼その他の写真はこちらに収録しています!

Katata-堅田-

 

4.堅田の影響力

(1) 堅田町(現在の大津市中央3丁目・島ノ関付近)

今回ご紹介する堅田町は、天正年間(1573-92・ほぼ安土桃山時代)に堅田の船頭を大津に移住させたことで生まれたという、歴史上の町なのです。

「大津百町」の中の堅田~かつて大津旧市街に上堅田町・下堅田町と呼ばれた町がありました

 

(2) 有漏神社と阿曽津千軒(滋賀県長浜市)

中世のころ、堅田の漁業権が湖北まで及んでいたという史実。
有漏神社本堂と狛犬

往昔湖上舟楫(ふねかじ)の神として鎮座され、遠く江南堅田方面の漁民のこの地に出漁することも多くその舟楫守護の神として崇敬したと伝える。-有漏神社(滋賀県神社庁)

阿曽津千軒の石垣

阿曽津(長浜市高月町西野)には、阿曽津婆と呼ばれる伝承があり、ここにも堅田が登場します!

阿曽津婆は金貸しの老婆で、激しい取立てに村人の恨みを買い、竹のすのこに巻かれて湖に投げ込まれます。そこへ堅田の漁師に助けられ、「あなたにこのあたりの竹をあげよう」と言って息を引き取ります。その直後、大津波が阿曽津の村を襲い、村人は近隣の、七つの「野」のつく村に移り住みました。

その当時、琵琶湖の漁業権・造船・湖上関の権利を独占していたのが、堅田の漁師でした。堅田の漁師は阿曽津の竹を守り神として使い、竹を持つ手は冬でも凍らなかったと言われています。

琵琶湖畔の秘境、有漏神社と阿曽津千軒。堅田との意外な関係と登山道について