琵琶湖畔、おとせの浜の朝(滋賀県大津市本堅田)~堅田の冬の風景1

児童公園

冬の朝、閑静な住宅街の児童公園にて。物憂げなラクダ(遊具)の視線の先には・・・

児童公園のラクダ


冬の朝、おとせの浜と琵琶湖

琵琶湖が広がっていました。
ここは本堅田にある「おとせの浜」。春は桜の隠れた名所です。

以前に何度か触れましたが、近くにある伊豆神社がまっすぐこの方向を向いているのは、決して奇遇ではありません。

伊豆神社は渡しの神様を祀っている神社です。先程の公園は江戸時代までは舟入(入江を利用して船の入港を行う場所、荷の積み下ろしなどを行った)で、後世に埋め立てられた舟入跡なのです。

冬の朝、おとせの浜から見た琵琶湖と三上山
冬の朝、おとせの浜から見た琵琶湖と三上山


冬の朝、おとせの石から見た琵琶湖

浜辺には名前の由来となった「おとせの石」があり、隣に伝承が書かれています。解説を再掲しておきますね。

おとせの石の伝承

源平争乱の時代、堅田の出身で京都の源氏の屋敷に奉公していた、おとせという女性がいた。

おとせは、平家滅亡の際に源氏の白旗を守って大津に逃れ、平家の追手をさけて琵琶湖に飛び込むが、平家の侍に白旗を握った手を切り落とされて死んだ。

片腕はこの地に流れ着き、浜の石を血で染めた。そして、片腕はおとせの子が指を開かせるまで、忠義を貫いて白旗を離さなかったという。

以来、この浜は、おとせの浜と呼ばれるようになった。その子は母の意志をついで白旗を守護し、のち木曽義仲の武将手塚太郎光盛になったという。

この話は、寛延二年(1749)浄瑠璃『源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)』に役名を小万(こまん)と替えて取り入れられている。(大津市史より)

The stone of Otose  ( translated by Jun Kanematsu)

“There was the woman called Otose who is Katata’s graduate and was serving the mansion of Genji of Kyoto at the time in which the 12th century, and Genji and Heike, the samurais, did the conflict. She protected Genji’s white flag on the occasion of the Heike’s extinction, got off to Otsu, avoided Heike’s pursuer,and jumped into Lake Biwa. However, she had the hand that grasped the white flag cut off by Heike’s samurai, and died.One arm of hers flowed and arrived at Katata, and dyed the stone of the beach with blood. Since then, this beach has come to be called the beach of Otose.The child received his mother’s will, subsequently protected a white flag, and said that he was Taro Miturori Tezuka ,general of the Yosinaka Kiso, after that.””In the Joruri play work in Kanei 2 (1749) “Genpei Nunobikinotaki “, her name was changed to Koman and this story is handed down from generation to generation (history of Otsu city).”

冬の朝、おとせの浜と琵琶湖

空が明るくなってきました。大好きな本堅田の、静かな朝です。

◇撮影日:2017年12月19日(火)
◇撮影地:おとせの浜(滋賀県大津市本堅田一丁目)
◇photograph of Otose beach and Lake Biwa at early winter(Honkatata,Otsu city,Shiga prefecture,Japan).

 

当ブログ(Katata/堅田)は、2017年12月27日に開設10周年を迎えます。
最初の一枚の撮影地となった琵琶湖畔を中心に、堅田の美しい風景をたくさん撮影してきました。数回にわたって掲載します。

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

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