琵琶湖畔【十六夜お月見イベント】のお知らせ(近江八景「浮御堂」近く・滋賀県大津市本堅田「十六夜公園」にて。2016/9/16(金)19時開演、津軽三味線と湖族太鼓の生演奏、ゲストは近江学研究所の木村先生)

チラシ

堅田十六夜ほろよいシンポジウム

◆日時:2016年9月16日(金) 午後7時より
◆場所:琵琶湖畔「十六夜公園」(堅田港・堅田水上派出所の南隣)
※午後5時の時点で雨天の場合は「堅田なぎざ苑」にて開催します。

☽津軽三味線:山口晃義氏(日本民謡晃和会会主・津軽三味線晃和流家元)
☽湖族太鼓:鈴木秀夫氏
☽ほろよいトーク「芭蕉と堅田」:木村至宏氏(成安造形大学近江学研究所顧問)
☽「堅田十六夜の辨」朗詠:細川源太郎氏(湖族の郷郷長)
☽琴演奏:江野俊江さん

◆会費 おひとり(飲み物とも)¥1000
※チケットは当日会場でお求めいただけます。

◆主催:堅田 湖族の郷
◆お問い合わせ:湖族の郷資料館(電話077-574-1685)

□アクセス:京都駅よりJR湖西線で約20分、堅田駅下車。
堅田駅より江若バス堅田町内循環線で約5分、「堅田出町」下車。
湖岸方面(東洋紡・堅田高校の反対方向)へ徒歩約10分。

□雨天時の会場・堅田なぎざ苑 ※十六夜公園は都久生須麻神社のそばです。

大きな地図で見る

近江八景のひとつ、堅田の浮御堂は、琵琶湖に浮かぶようにして建つ禅寺です。
その浮御堂から歩いて5分くらいの湖畔に、十六夜公園という小さな公園があります。

公園の名は、「十六夜」の日に、松尾芭蕉が堅田でお月見の会をしたことにちなみます。この日のことを芭蕉は「堅田十六夜の弁」という俳文にして残しました。

今回ご紹介するイベントは芭蕉にちなんで「ほろよいシンポジウム」となっていますが、ジュースやお茶を飲みながら生演奏を楽しんだりお話を伺ったりする、ゆったりイベントです。(お酒、缶ビールもあります^^)

主催者様から今年もご案内をいただきましたので、皆様にご案内させていただきます。
お近くの方はぜひどうぞ!


写真は十六夜公園堅田十六夜の弁碑(句碑)、そして浮御堂です。

浮御堂の見える公園

付記:芭蕉の俳文「堅田十六夜の弁」について

元禄4年(1691)8月16日、堅田の竹内茂兵衛成秀の家で俳句の席を催したと書かれています。芭蕉はこの夜の様子を俳文「堅田十六夜の弁」として記し、成秀に贈りました。

この前日(十五夜)、芭蕉は大津市南部の「義仲寺」で月見の会を催していました。(”望月の残興なほやまず”)
十六夜の日、弟子数人と琵琶湖に舟を出し、大津市北部の堅田に来たという訳です。(”二三子いさめて、舟を堅田の浦に馳す。”)

義仲寺(ぎちゅうじ)は大津市南部にあるお寺で、木曽義仲と芭蕉のお墓があります。木曽殿の隣で眠りたいというのが、芭蕉の遺言でした。

芭蕉は大津を愛し、何度も訪ねては長期滞在しています。芭蕉が大津で読んだ句は、芭蕉の全発句の約一割にあたる89句にのぼるそうです。(大津市観光物産課発行のパンフレットより)

前置きが長くなりました。以下、「堅田十六夜の弁」全文を掲載します。

望月の残興なほやまず。二三子いさめて、舟を堅田の浦に馳す。
その日、申の時ばかりに、何某茂兵衛成秀という人の家のうしろに至る。
「酔翁・狂客、月に浮 れて来たれり」と、舟中より声々に呼ばふ。
あるじ思ひがけず、驚き喜びて、簾をまき塵をはらふ。
「園中に芋あり、大角豆(ササゲ)あり。鯉・鮒の切り目たださぬこそいと興なけれ」と、岸上に櫂をならべ筵(むしろ)をのべて宴を催す。
月は待つほどもなくさし出で、湖上はなやかに照らす。
かねて聞く、仲秋の望 (もち)の日、月浮御堂にさし向ふを鏡山といふとかや。
今宵しも、なほそのあたり遠からじと、かの堂上の欄干によって、三上(みかみ)・水茎の岡、南北に分かれ、その間にして峰ひきはへ、小山いただきを交ゆ。
とかく言ふほどに、月三竿(さんかん)にして黒雲のうちに隠る。いづれか鏡山といふことをわかず。
あるじの曰く、「をりをり雲のかかるこそ」と、客をもてなす心いと切なり。
やがて月雲外に離れ出でて、金風・銀波、千体仏の光に映ず。
かの「かたぶく月の 惜しきのみかは」と、京極黄門の嘆息のことばをとり、十六夜の空を世の中にかけて、無常の観のたよりとなすも、この堂に遊びてこそ。
「ふたたび恵心(えしん)の僧都の衣をうるほすなれ」と言へば、あるじまた言ふ、「興に乗じて来たれる客を、など興さめて帰さむや」と、もとの岸上に杯をあげて、月は横川(よかわ)に至らんとす。

鎖(じょう)明けて月さしいれよ浮御堂
やすやすと出でていざよふ月の雲

”千体仏”・・・浮御堂に安置されている一千体の阿弥陀仏のこと。
”恵心の僧都”・・・比叡山横川恵心院の僧・源信のこと。平安時代に浮御堂を開いたお坊様です。

”月は横川(よかわ)に至らんとす”に出てくる横川は、比叡山延暦寺の一番奥にある聖地です。芭蕉さんたち、月が傾くまで一晩中飲んだということですね^^;


堅田と芭蕉

芭蕉が大津に来たきっかけとなったのは、 本堅田にある本福寺第十一代住職明式の案内があったからだといわれています。
明式は芭蕉の弟子となり、貞享2年(1685)「千那」の俳号を与えられました。以来、芭蕉はしばしば堅田を訪れて、堅田の人々と親交を深めるとともに多くの句を残しています。

▼堅田には、芭蕉の句碑が5箇所もあります!句碑めぐりのご参考に。

居初氏庭園と堅田教会、堅田の句碑・文学碑・顕彰碑、芭蕉の句碑

▼芭蕉の弟子として有名な人物に宝井其角(たからいきかく)がいますが、其角の父親が堅田出身です。本堅田1丁目には宝井其角寓居跡があります。

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■17~alley/路地 012

 

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