惣持寺(長尾護国寺)と伊吹山寺~早春の滋賀県米原市大久保から(2)

惣持寺

日本百名山として知られる伊吹山は、古くから修験道で栄えた山岳信仰の地でもありました。かつて山腹から麓にかけて4つの護国寺が存在しました。その一つ「長尾護国寺」の後身が、滋賀県米原市大久保にあります。寺号は惣持寺(そうじじ)です。

長尾寺案内板

毘沙門堂

長尾護国寺の毘沙門堂。この時期に訪ねると、ロウバイの花がお日さまの光をいっぱいに浴びて、輝くように咲いています。

長尾寺案内板

滋賀県の資料「伊吹山の歴史・文化」は、「伊夫岐神社三之宮神社およびこの両社の社務を協力して行う四ヶ寺の二社四寺によって伊吹山の山岳信仰が成り立っていた。」と締めくくられています。

「伊吹山四ヶ寺」とは、弥高寺・太平寺・観音寺・長尾寺のことで、伊吹山寺とも総称されます。

話がちょっとややこしいのは、伊吹山寺という名の寺が昭和になって再興されています。伊吹修験道は江戸時代を最後に衰退の一途を辿ったため、再興を発願した方が昭和60年(1986年)に山麓伊吹山寺を再興されました。その後平成3年(1991年)になって山頂に本堂が再建されました。伊吹山頂の花畑の中にお堂があるのを目にされた方も多いと思いますが、山頂にあるのが古来より一の宮と呼ばれた弥勒堂です。

中腹の二の宮が、美濃国二の宮こと「伊富岐神社」(岐阜県不破郡垂井町岩手字伊吹)。そして三の宮が、上野登山口にある「三之宮神社」(滋賀県米原市上野)です。

いぶきという名の神社は山麓に結構ありまして、それも話がややこしくなる一因でした。「伊夫岐神社」とは米原市伊吹にある神社で、大久保に来る途中に通る、姉川沿いの道路脇にあります。

伊吹山四ヶ寺は殆どの寺が様変わりしています。

弥高寺と長尾寺は中世に兵火に遭い、それぞれの構成寺院の一つが跡を継ぐ形で残り、名称も替わりました。観音寺は正元年間(1259-1260)に現在地へ移築されています。太平寺は昭和38年(1963年)、集落の移転に伴って新たに観音堂が建てられています。現在の名称と所在地は下記の通りです。

悉地院(弥高護国寺) 米原市上野1(※本堂拝観要予約)
惣持寺(長尾護国寺) 米原市大久保(※本堂拝観要予約)
観音寺(観音護国寺) 米原市朝日1342(境内拝観自由)
太平観音堂(太平護国寺) 米原市春照658−4(※拝観要予約)

 

ある時私は、関ケ原から遡って、藤川の集落を訪ねたことがある。・・・藤川から伊吹の山麓を通って、木之本へぬける裏道があり、北国街道の「脇往還」と呼ばれる。田圃の中に稲架(はさ)がつづくひなびた風景は、近江の懐深く入りこんだという感じがする。その途中、伊吹の村で、円空作の十一面観音を見た。-白洲正子『近江山河抄』「伊吹の荒ぶる神」

白洲正子さんが言及された円空作の十一面観音は、春照の「大平観音堂」にあります。太平寺集落はもともと伊吹山中腹にありましたが、昭和38年にセメント工場の開設に伴って移転しました。そのとき一緒に十一面観音も移りました。現在は地元の方が観音堂の管理をされています。なお、円空が修行したのは、「伊吹山四ヶ寺」の一つである「太平寺」だったといわれています。

伊吹の荒ぶる神8(北国脇往還1:関ケ原から藤川の里を訪ねる、上平寺に寄り道して春照へ)~近江山河抄の舞台を歩く(72)

長尾護国寺ホームページ
http://www.za.ztv.ne.jp/nagaoji/

伊吹山弥高護国寺悉地院ホームページ
http://www.za.ztv.ne.jp/shicchiin/index.html

観音寺(伊富貴山観音護国寺)[びわこビジターズビューロー]
http://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/585

太平観音堂[仏像ワンダーランド]
http://butsuzoworld.com/siga/siga_area/pg379.html

大乗峰伊吹山寺ホームページ
http://www.biwa.ne.jp/~mt-ibuki/

Souji-ji temple(Nagao gokoku-ji temple) (Okubo,Maibara city,Shiga prefecture,Japan).
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