衣川城跡/衣川のお地蔵さんと鞍掛神社の伝承(滋賀県大津市衣川)

衣川城跡

滋賀県大津市衣川に、琵琶湖の見える閑静な住宅街があります。衣川台です。JR堅田駅から高架に沿って歩き、天神川の明神橋を渡って歩くこと、約20分。先日ご紹介した鞍掛神社へ続く坂道を登っていくと、右手に児童公園があります。

公園の入り口近くには、なんと、「衣川城跡」の石碑が!突然出合った歴史ミステリー、ずっと気になっていました。衣川城について分かっていることはとても限られていて、案内板に書いていることや資料をまとめると、次のような感じです。

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貨物列車「レッドサンダー」、早春のJR湖西線を走る(滋賀県大津市衣川にて)

貨物列車レッドサンダー

JR湖西線を眺めていたら、見慣れない赤い列車が単体で走ってきたので急遽撮影。
車体に書いてあった「JRF RED THUNDER」で検索すると、貨物列車を牽引する機関車だと分かりました。いろんな列車があるものですね。

ウィキペディアには「JR貨物EF510形電気機関車」、国土交通省のページには「EF510形式(愛称:ECO-POWERレッドサンダー)」と紹介してありました。

(参考)
JR貨物EF510形電気機関車(ウィキペディア)
鉄道:車両紹介 – 国土交通省

衣川台(滋賀県大津市衣川2丁目)は、JR堅田駅近くの高台の住宅街です。高架式の湖西線にいろんな電車が走っているのがよく見えますよ。レッドサンダーを見たのは初めてでしたが、特急サンダーバードと普通列車はよくみかけます。

早春の畑と、JR湖西線を走る普通列車
こちらも衣川台から撮影。早春の畑と、JR湖西線を走る普通列車です。

撮影日:2016年2月21日(日)
JR train at Kinugawa,Otsu city,Shiga prefecture,Japan.
Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

鞍掛神社と梅の花(滋賀県大津市衣川)

鞍掛神社の梅

初めて鞍掛神社を訪ねたのは、2013年の3月。静まり返った境内を、梅の花が咲いていました。その佇まいが深く印象に残ったので、また梅の咲く時期に訪ねたいと思いながら3年ぶりに訪ねると、6本ある梅の古木が変わらず迎えてくれました。

鞍掛神社は衣川台という住宅地の一角にあります。参道に足を踏み入れると空気が一変します。私は特に何かを感じる性質ではありませんが、ここは聖域だと実感する場所です。

「参道の空気(雰囲気)」というと何だか感覚的な話になってきますが、境界のめりはりがはっきりしている場所なのかもしれません。寺社や自然が観光地化されてくると、聖域と世間の境界が曖昧になってくる印象を持っています。

今まで仕事等で撮影してきた中にパワースポットと言われる場所・神社がいくつかありましたが、参道で空気が一変したのは、小野神社(滋賀県大津市小野(旧志賀町小野))、大避神社(兵庫県赤穂市坂越)、室生龍穴神社(奈良県宇陀市室生)、天智天皇陵の陵墓前(京都市山科区)、そして鞍掛神社でした。

梅

鞍掛神社境内

鞍掛神社(滋賀県大津市衣川2丁目)。陽成天皇の勅命によって882年に創建された神社で、弘文天皇を祀っています。この地は、天智天皇の子・大友皇子(弘文天皇)が最期を迎えた場所という伝説が残る場所です。

鞍掛神社の伝承は、日本書紀と異なります。壬申の乱で敗れた大友皇子は、従者と共に衣川の地に落ち延びました。皇子は乗ってきた馬の「鞍」を柳の木に「掛」けると、自ら命を絶ったと伝わっています。

伝承では、大友皇子の最期をみとった二人の侍臣がいて農民となって衣川に定住しました。その子孫は同じ名字(中村姓)を名乗るようになり、鞍掛神社の氏子がその末裔だと言われています。

鞍掛神社本殿

鞍掛神社

大友皇子の最期地は各地に伝承があります。壬申の乱で敗れた瀬田の唐橋の周辺が多いようです。知られたところでは大津市内に3箇所ある御霊神社がそうですし、唐橋に近い石山寺の境内にも慰霊の若宮があります。

同じ大津とはいっても、鞍掛神社は唐橋からかなり離れたエリアにあります。壬申の乱の激戦地となった岐阜県の関ケ原を訪ねた際には「弘文天皇御陵候補地・自害峯の三本杉」があることを知りました。

こんなにたくさんの伝承地があるのは、父・天智天皇亡き後、叔父の大海人皇子(後の天武天皇)と皇位継承争いをしなければならなかった若き皇子の悲劇が、多くの人の心に刻まれてきたからでもあったのでしょう。

昨年の秋、奈良県の明日香村にある天武天皇の御陵(天武・持統天皇陵)を訪ねる機会がありました。小高い丘を登っていくと、周囲は一面の柿畑でした。あまりにのどかで平和な風景に、なんだか救われる思いがしました。(そのときの写真はこちらです

 

大友皇子の命日は7月23日とされるため、鞍掛神社では毎年7月に例祭を行なっています。

2013年例祭の様子を撮影させていただいたときの写真です。
大津市衣川/鞍掛神社 2013年例祭の写真(前編)
大津市衣川/鞍掛神社 2013年例祭の写真(後編)

鞍掛神社(大津市衣川2丁目28-1)

撮影日:2016年2月21日(日)
Kurakake shrine(Kinugawa,Otsu city,Shiga prefecture,Japan) and Japanese apricot,Prunus mume.
Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

しばらく衣川特集です!(滋賀県大津市衣川)

衣川地区の田んぼと三上山

このブログは、2007年に、琵琶湖畔の町・堅田の写真を掲載したことから始まったブログです。堅田は滋賀県大津市北部に位置するまちで、南北に西近江路(北国海道)、西は京都の大原で、東は琵琶湖、しかも琵琶湖の最狭部(幅が最も狭いところ)にあるため、古くから交通の要所でした。

堅田の南西に広がるのが、衣川(きぬがわ)という地区です。近世には西近江路の宿駅(衣川宿)が置かれたところで、近江国(滋賀)大津から高島を経て、越前国(福井)へと、古来から多くの往来がありました。

衣川と堅田との地理的・歴史的な結びつきは強く、堅田を調べていると一緒に出てくることが多い地区でもあります。江戸時代に堅田藩が置かれたときも、衣川村は本堅田村とともに堅田藩の領地となりました。

そういえば、先月研究者の方から聞いた話の中に、「江戸時代に松平春嶽(第16代越前福井藩主)の一行が衣川宿に泊まったが、行列の人数が多すぎて、春嶽は本堅田の本福寺に急遽宿を求めたという記録が残っている」という話がありました。

先日の当ブログでは、堅田駅から30分程歩いたところにある「梅宮神社」をご紹介しました。2月21日に衣川を歩き、まだまだご紹介していない素敵な風景があるなと実感しています。これまで衣川天満宮天神川緑地鞍掛神社などをご紹介してきましたが、今回改めて衣川を特集することにしました。

しばらく衣川特集です!(滋賀県大津市衣川)

◆掲載済み
梅の花と、大津市衣川の梅宮神社(後編)(2016/2/21撮影)
梅の花と、大津市衣川の梅宮神社(前編)(2016/2/21撮影)

◆バックナンバーにて掲載済み
鞍掛神社(天智天皇の子、大友皇子が最期を迎えた場所という伝承が残る地)
衣川天満宮
天神川緑地
堅田駅北側(山の手)の再開発-2015年と2009年秋の写真とともに
江戸時代の堅田と堅田藩、大庄屋と居初氏について(後編)(滋賀郡衣川村)

◆次回以降予定(掲載随時・順不同)
鞍掛神社と梅の花(2016/2/21撮影)
衣川城跡/衣川のお地蔵さんと鞍掛神社の伝承
JRの見える風景(衣川台から)⇒貨物列車「レッドサンダー」、早春のJR湖西線を走る

稲荷神社とJR湖西線、三上山の見える風景
国指定史跡「衣川廃寺跡」
幻の龍瑞寺(堅田藩主堀田正高の祈願寺)

北国海道道標と榎(衣川1丁目~本堅田5丁目)⇒坂本に残る「衣川北国道」の道標~北国海道と衣川の話

西羅古墳

明神橋から見た堅田駅方面・再開発の様子
堅田駅西口(山の手)の再開発、進む-2016年4月(2009年、2015年の写真とともに)

◆追加(2017年~2018年)
子授け・安産・縁結びの神様、梅宮神社の節句祭(滋賀県大津市衣川・2017年3月撮影)

ある里山の半年:稲荷神社の鳥居が新しくなって秋を迎えるまで(滋賀県大津市衣川)

堅田駅西口から歩く:堅田変電所、小道と天神川の大イチョウ、美しい衣川の田園風景(滋賀県大津市本堅田6丁目・衣川2丁目・衣川1丁目)

堅田駅西口の都市計画道路、2018年5月9日開通予定(滋賀県大津市衣川~本堅田、今堅田~真野)

◆追加(2020年)
1月11日、西近江路の町「衣川」を歩く(滋賀県大津市衣川)

1月11日、再開発めざましい堅田駅西口周辺を歩く(滋賀県大津市本堅田6丁目~真野1丁目)

Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

チューリップの芽

チューリップの芽

早春の畑は、植物たちの春の準備で大忙し。
チューリップの芽が、日に日に大きくなっていきます。

こんなふうに書いていると、なんだか絵本の世界みたいですね。

そういえば、筆者が代理店に預けている写真(ストックフォト)の販売先に、昨年は絵本・保育雑誌の出版社がありました。子どもさん向けの出版に使っていただいたことにびっくりしましたが、その写真が「大きな栗の木」だったことにも驚きました。何がどこにヒットするか分からないものだな、としみじみ思ったのでした。

※この写真です⇒大きな栗の木 青い栗の実(アマナイメージズ)

琵琶湖畔の町・堅田を撮り始めた頃(約10年前)、「それより湖北へ行ったほうがいい」と言われたことを思い出します。堅田を走る路線バスの運転手さんに、偶然2回お会いして、車中で2回とも同じことを言われたので、印象に残っていました。

ネコの写真を撮り続けている岩合光昭さんも、30代くらいのころ、編集者の方にネコの写真を見せて、「それよりライオンの写真はないの?」と言われてがっくり来たことがあったそうです。

もちろん、写真には好みや流行があるし、人の意見はひとつの参考意見。
だけど、自分が撮りたいと思ったものは素直に撮っておいたらいいと思います。
いつか、誰かの心に届くかもしれないから。

Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)