琵琶湖の沖島より、夏の花の写真です(残暑お見舞い申し上げます)

沖島で撮影した夏の花

毎日暑い日が続きますね。残暑お見舞い申し上げます。
冒頭の写真は、琵琶湖に浮かぶ有人島・沖島で撮影した夏の花です。
少しでも涼しい気分になっていただけたら、うれしいです。

先日(8月1日)、琵琶湖上で伊崎の棹飛びを撮影する前に、沖島に立ち寄る機会がありました。ほとんど誰も歩いていない島内を、40分ほど歩いて撮影してきました。
沖島は夏がよく似合うので、行くのはいつも暑い時期になってしまいます。

二年前は沖島小の裏からケンケン山に登ったのですが、今回は小学校の先を歩いてみました。小学校の先は集落もまばらとなり、道も狭くなって、湖岸に畑が続いていました。畑も途切れたその先に、朱塗りの鳥居が建つ「厳島神社」があり、弁財天を祀っていました。

沖島といえば、当ブログのタイトルになっている町「堅田」とは、意外な関わりがあります。

ときは室町時代、延暦寺によって京都を追われた蓮如上人を匿ったのが堅田の町衆でした。それが一因となって堅田は延暦寺西塔の衆徒に攻撃され、町ごと焼かれます(堅田大責・1468年)。そのとき堅田衆が逃げた先が「沖島」でした。おみこしを持って逃げたと言う逸話が残っています。

その後堅田衆は沖島に2年ほど滞在した後、延暦寺と和解して堅田へ戻ってきたそうです。中世の堅田は、琵琶湖の漁業権と水上交通を掌握する自治都市で、造船も盛んでした。

今回沖島と伊崎沖まで乗せていただいた船内で、船を造った造船所のプレートを目にしてびっくり。なんと今堅田の杢兵衛造船所で造られたという船でした!