琵琶湖のほとりの写真ブログ(Katata/堅田)、更新しました⇒大津の古墳マップ(和邇・小野・堅田を中心に)

前回の続きとして書いた原稿が消えてしまったので(冷や汗;)今日ようやく書き直しました。ええと前回は、琵琶湖の西側にある、曼陀羅山古墳群の埋葬品についてご紹介しました。

現在は大津市北部地域と言われている地域ですが、もともとは滋賀郡と呼ばれていた所です。大津に編入されたのは堅田町が1967年(昭和42)4月、志賀町は2006年(平成18)3月ですね。

さて、この小野から堅田にかけては、一大古墳群が続いています。
10年近く堅田とその周辺を撮影すれば、古墳に出会うのは自然なことでした。

一人で小野を歩いたり、父に応援を頼んで春日山古墳への(裏)道を探したり、北部地域ではありませんが歴史博物館の学芸員さんとご一緒させていただいたこともありました。

この機会に撮影メモをまとめて、大津の古墳マップを作ってみました。
地図の黄色い箇所が和邇・小野周辺、緑色が堅田周辺の古墳です。
※リンク先の古墳名をクリックすると、場所と写真が表示されます。

今回は、堅田周辺で見ることのできる古墳をご紹介しますね。
堅田駅の裏側(山の手)に見えている「春日山」には、「春日山古墳群」があります。
今回調べなおしたら、なんと国の史跡でした・・・!!

春日山古墳群の円墳
春日山古墳群は、比叡山麓から派生した堅田丘陵の東端に位置します。200基以上の古墳から構成され、湖西(琵琶湖の西側)でも有数の大規模古墳群です。

写真は春日山公園の「古墳ゾーン」にある円墳で、簡単にそばまで行くことができます。(ただし前方後円墳は、本堅田6丁目の高台にある妙正寺の横から山に入る必要があります。)

春日山古墳群は、初期大和政権の有力者だった「和邇氏」の墓だったとも言われています。和邇(わに)は地名として残っています。真野もそうですね(真野氏に由来)。
この地域に有力者がいたということなのでしょう。

古墳の石室
春日山公園の展望台に登る山道の途中には、古墳の石室があります。
この石室は、湖東流紋岩という、琵琶湖の東岸でみられる石で造られています。

堅田丘陵は琵琶湖の西岸に位置し、大きな石を含んだ地層はありません。
古墳の石室を作るために、琵琶湖を渡って石が運ばれたと考えられています。

1500年前、当地に200基を越える古墳群を築くのに、約8000トンもの石が運ばれました(推定)。

鞍掛神社拝殿で舞う巫女さん-1
なお、このブログではまだご紹介していなかったのですが、
堅田のお隣の衣川には、「衣川廃寺跡」という、やはり国指定史跡があります。
ちょうど湖西線の線路そばなので、電車を撮影したい方は穴場かもしれません。

この衣川廃寺跡の周囲が、衣川台という高台の住宅街です。
以前ご紹介した、大友皇子最期伝承地の「鞍掛神社」(写真)は、衣川台の北側にあります。

この鞍掛神社と衣川廃寺の間にあるのが、「西羅古墳群」です。
また、衣川台の南側には、「坂尻古墳群」があります。
これらの古墳については、また後日ご紹介できればと思っています。


なお、大津全域の古墳をまとめた本を探して見ましたが、
手に入りやすいのは、大津市歴史博物館にある下記のリーフレットでしょうか。

実際手に取ってみると子供さん向けなのかな、という印象でしたが、
コンパクトにまとまっていて、古墳めぐりをしてみたい方の参考になる本だと思います。

ただし古墳の地図が概略図しか載っていないので、詳細な地図を期待していた方は
少しがっかりされるかもしれないとも思います。ご参考までに。

「地中からの贈りもの-遺跡が語る大津-」
※平成23年発行 A5 128頁(オールカラー) 800円(郵送の場合は+送料300円)
※大津市歴史博物館ミュージアムショップで販売中(現金書留でも可)

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