伊吹の荒ぶる神9(北国脇往還2:米原市春照から小田分水、姉川越え、峠を歩いて長浜市野村町まで)~近江山河抄の舞台を歩く(73)

春照の町並み
滋賀県米原市春照(すいじょう)は、伊吹山麓、北国脇往還と長浜道の分岐点に位置する。

脇往還の近くには伊吹の薬草風呂に入れる施設があり、街道沿いの町並みも美しい。今回は近江長岡駅から伊吹山登山口行きバスに乗り、伊吹庁舎前で下りて歩くことにした。

春照は北国脇往還の宿駅だが、往時をしのばせるものはほとんど残っていない。
集落中心部にある空地が本陣跡だというが、ここが本陣跡だという案内板はなかった。だが、宿の南側には常夜燈、北側(八幡神社の前)には立派な道標が残っている。

また、1883年(明治16)から1889年(明治22)まで、春照には官設鉄道の駅が置かれていた。東海道線が米原駅を経由するようになり、春照駅は廃駅となった。

だが、鉄道路線から外れた、あるいは鉄道が通らなかったことで、雰囲気のある町並みが残ったと言われる地域は多い。春照をはじめとする北国脇往還の町は、どこもそう言えるだろう。日本が好きな外国の人を連れてきたら、日本的な美しさだと感じてもらえる風景が残っている。

富士山麓ウォークが注目されているように、「伊吹山麓ウォーク」(当サイト命名)があってもいい。行政や観光協会が本気になって整備すれば、結構いけるコースだと、個人的には感じている。

※今回は春照~河毛駅(長浜市湖北町山脇)の約20kmのうち、午前中に歩いた町を掲載します。

春照八幡神社の前にある道標

長浜道と北国脇往還分岐点
春照八幡神社の前にある道標。「左 ながはま道、右 北国きのもと えちぜん道」とある。

右の道をとり、次の集落(小田/やないだ)まで、伊吹山を眺めながらのどかな道が続いた。

小田に入ると地元の方に声をかけられた。北国脇往還を歩く人に時折会うという話を聞いた。小田からは伊吹山が大きく見えることや、八幡神社の水路脇に道標があると教えていただく。

小田八幡神社の道標
小田の八幡神社の角にある小さな道標。「右 江戸道 左 山中道」と刻まれている。

上の写真にも少し写っているが、小田は集落の至る所にを立派な水路が流れている。
姉川上流に出雲井(いずもゆ)と呼ばれる場所があり、小田まで水路が伸びているのだ。そして、出雲井から来た水は、この先の「小田分水」で3つに分かれる。

小田分水
小田分水(やないだ ぶんすい)。出雲井から来た水を3つに分ける農業水利施設である。

小田分水は中世に大原庄16ヶ村が創設されたときから存在し、昭和28年に現在の形になった。それ以前は2つに分水されていたが、水の公平な分配をめぐって論争が絶えなかったようだ。

小田から見た伊吹山
小田から(やないだ)から見た伊吹山は、雄大で見事だ。

小田の北国脇往還
北国脇往還は、小田分水の手前で田圃の中の一本道となる。道は姉川へ続いていた。

伊吹山と姉川
伊吹山と姉川。御覧の通り、かつての小田橋は橋脚だけが残っている。

迂回して井之口橋で渡るしかなく、写真の左方向へとしばらくの間、河川敷を歩くことになる。井之口橋が近づいてくると、また分水が見えてきた。

井之口分水
井之口分水。案内板によれば、出雲井、小田分水を経由した水が、ここで更に分水される。

円形の中央部より水が噴き出す構造で、これは上流の小田分水との水差によるものだという。水の公平な分配をめぐって、ここでも先人の知恵が活かされている。

井之口橋
井之口橋で姉川を渡る。橋の向こう側に獣よけの柵があったが、低いのでまたいで越えた。

ここを通る人は殆どいないのだろう。写真を斜めに横切る白い坂の上でも電気柵があった。坂の上は広域農道になっていて、山中の道を、車に注意しながら進むことになる。

長浜市へ
滋賀県米原市から長浜市に入る。

本来の北国脇往還は右側の山中だが、一人旅のため、車道(広域農道)を通ることにした。写真奥に見える峠の、その先をさらに歩いていった。気の遠くなるような時間だった。とはいえ、迂回路でもいろんな風景と出合うから、歩き旅は面白い。

興農愛郷の碑
「興農愛郷」の碑。設置当時、滋賀県知事だった武村正義氏の書が刻まれている。

隣にある碑文は緑に埋もれていて、「広域営農団地農道整備事業」の部分がなんとか読めた。どうやら、この広域農道を作った際の記念碑らしい。

相撲庭(すまいにわ)地区で峠を越え、今荘町の観光ブドウ園で北国脇往還に合流する。ようやく里に下りてきたことを実感する。厳しい峠越えは、道中これが最後だった。

今荘町の北国脇往還
長浜市今荘町(いまじょうちょう)の北国脇往還。集落の中なので、再び歩きやすくなった。

佐野町の北国脇往還
次いで長浜市佐野町に入る。

轟神社の隣では、米原市の寺林地区以来、初めて「北国脇往還」の手作り看板を目にする。道標があることがこんなに心強いとは・・・ほっとした気持ちになる。地元の方に感謝!

佐野のお地蔵さん
佐野町の外れで出合った、たくさんのお地蔵さん。道路工事中だったため、横から撮影。
この道の反対側を行くと、田圃の向こうに、水路に囲まれた野村の集落が見えてくる。

手作り看板
野村の集落に入る手前にも、「北国脇往還」の手作り看板。見ていて嬉しい気持ちになる。

長浜市は、どこに行っても、北国脇往還の看板や道案内が充実していた。数年前の大河ドラマで浅井三姉妹(長浜出身)が登場した際、観光案内を整備したらしい。それだけでなく、北国脇往還の解説や地元の方による「北国脇往還」の看板も充実していた。

米原市と岐阜県関ケ原町は北国脇往還を意識した案内は皆無で、かなりの温度差を感じた。もし本格的に北国脇往還を整備されるのなら、行政には足並みをあわせた対応をお願いしたい。

野村町の北国脇往還
長浜市野村町。集落を水がめぐり、背後には伊吹山が頭を見せる美しい町だ。
野村公会堂の周辺では季節の花が咲いており、しばらく撮影させていただいた。

野村町の道標
野村公会堂の先にある北国脇往還の道標。「右 北國道 左 江戸 谷汲」と刻まれている。

長浜市の設置した案内板もある。道標の解説を見たのは、道中初めてのことだった。

この道標の角で曲がり、さらに浅井郵便局手前の地蔵堂の前を折れて、次へと向かう。時間は11時半になっていた。この先しばらく車道を歩くことになるので、近くの神社で昼食にした。

(撮影日:2014年9月18日)

 

▼今回掲載できなかった写真を別記事で掲載しています。
伊吹山麓の道、北国脇往還を歩く~花と水辺の風景2(ヒガンバナの道⇒姉川のソバ畑と伊吹山)

 

次回予定:伊吹の荒ぶる神10(北国脇往還3:長浜市八島~尊勝寺~伊部~小谷郡上)
沢山の道標が残る八島、失われた脇往還(山ノ前)、本陣跡の伊部、浅井氏の城下町・小谷へ。

 

▼【北国脇往還】全行程を地図でご紹介しています。行程メモ付き。