撮影の本当の難しさ(写真撮影のマナーについて)

苗村神社三十三年式年大祭にて、山之上ケンケト祭りの少年たちの後ろ姿

※(2015年8月25日追記)「苗村神社三十三年式年大祭」の記事の中で、<撮影日記:撮影の本当の難しさ(写真撮影のマナーについて)>と題して書いた部分を、新ブログ移行への際に独立して掲載しました。一部加筆・修正しています。(追記ここまで)

 

◇今回の撮影はすべて、一般(個人)として出かけています。

特につてがあるわけでもないので、こういうとき、まあいいかと引っ込めてしまう部分もあります。撮影の申請をして腕章をして、もっと近くで、特別席から撮れたらよかったのかもしれない。神事の行われた1日目は、特にそう思いました。

撮影者のマナーの問題などで、年々撮りにくくなってきているのは確かです。

私自身、見知らぬ男性に怒鳴られ、同業者には手をつねられたり、暴言や怖い思いをしたこともあります。正直に申し上げると、人の多い祭事では、そういう可能性といつも背中あわせです。(今回はそういったことは一切ありませんでした。竜王町の皆さまには感謝しています。)

撮影しているときは「私は女性だから」と思っていることはありませんが(それどころではないのて)、残念ながら、言い易い方へと怒りをぶつけてくる人、暴言のひどい人に出くわすことがありました。

 

そして、優秀で共感力が高くて優しい人が、(男女問わず)耐えられなくてやめていく。
かっとなると暴力・暴言に流れる傾向(風潮)は、非常に危ういというか、最初は信じられなかったです。これは特定の場や職業に限った話ではなくて、あちこちでいろんな人を見てきた私の感想です。

若い人や女性の活躍について議論されますが、年長者や男性は力の使い方を間違えてはならない。力や感情(怒り)は意識してコントロールしないと、人を生かしも殺しもする。いじめもそうですよね。

だからこそ、エネルギーは他者への暴力ではなく、建設的で平和な方向へと向けていかないといけない。特に昨今は強くそう思うようになりました。

 

私の場合、救いになったのは、この名文に出合ったことでした。

「ひどい事を言われたらすぐ忘れること。なぜなら言った本人は、瞬間的に忘れているから」

 

◇大多数の男性の名誉のために書き添えると、以前他の人にされたことへの怒りを抱えて、言い易そうな相手に出会うと怒鳴ると感じられる人に、残念ながら遭遇する確率があるという話です。

実は私自身、見知らぬフリーカメラマン(男性)から暴言や嫌がらせを受けたことがあります。思い切って周囲に相談したら、助けてくれたのは男性の先輩方でした。

もちろん、可能な限り複数で動いたり、昼間に撮影したり、危ないと感じる場所は避けています。

本当に怖いのは、見知らぬ人に突然怒鳴られて、次の時に思い出して動けなくなることなんです。誰にも相談できなくて、一人で抱え込んでしまったり、悩みが深くなってしまったり・・・。特定の分野で女性が少なくなっていくのは、こういう点にも理由があるように感じます。

 

私は、周りに車・自転車・お子さん・沿道の人がいるときはそちらを最優先します。
他の撮影者の正面に立つことは避け、自分のカットが終わったら場所を譲ります。

各地の祭事を見学して、記録として撮影者を置く場合、安全面でも腕章は必要だと感じました。一定数の人には撮影だときちんと分かって頂けるからです。祭事の主催者・参加者の方には、腕章(又は分かりやすい身分証)の重要性をご理解いただけるとありがたいです。

この辺りの話については、Wikitravelの「ルールとマナー(写真撮影/撮影テクニックとマナー)」に本当に良くまとめてあるので、ご参照下さい。マナーに配慮した撮影テクニックも載っています。
ルールとマナー(写真撮影/撮影テクニックとマナー)

野寺橋にて日野川を渡る

◇撮影者として、後ろで見ている人の邪魔になっている可能性は、ずっと気にかけています。

おばあさんやお孫さん、何も言わないけれど、怒鳴ったりしないけれど、
「見えないよ~」と心の中で思っているおとなしい人のこと。私もそういう子供でした。

そういう子供が大人になって、思い切って一歩前に出たらどうなるんだろう。

有名になるとかどうとかではなくて、作品としてきちんととりたい、記録としてきちんと残したい。だから私自身は、好き嫌いという感覚というよりも、惹かれるものがあるから撮っています。

 

他方で、子供さんもたくさんおられるので、祭事と肖像権はいつも逡巡しながら撮影しています。(それゆえ、普段は風景写真や寺社ばかり撮っている面はあるのですが。)

好き嫌いというより、責任感(その時代や場所に居合わせたゆえの)に近いのかもしれません。色々書きましたが、やっぱり好きなのかな。

でも、好き嫌いを越えた先に見える景色ってあると思うんです。何かに取り組んでいる方は、みなさん、同じような思いを感じておられると思います。