あかねさす 紫野4(滋賀の天然記念物「熊野のヒダリマキガヤ」、熊野神社と西明寺:滋賀県蒲生郡日野町)~近江山河抄の舞台を歩く(67)

白壁の家と山が美しい熊野の風景
三重県境に近い滋賀県日野町の一番奥に、熊野という地区がある。
その昔、鈴鹿山系の綿向山で修行した山伏が、熊野神社を祀ったと言われる場所だ。
日野の中心部から綿向山に向かい、音羽から蔵王を経て、平子からかなり狭い林道を走った。
県境に近い山中まで、1日がかりの撮影となった。

しばらく林の中を行くと、突然目の前が開け、谷をへだてた向う側に、白壁の美しい村が現われた。熊野である。わずか十軒ぐらいの小さな山村だが、静寂そのものの環境は、心の底まで浄められる思いがする。村の中には、老樹にかこまれた熊野神社が建ち、おきまりの神体山もそびえている。-白洲正子『近江山河抄』「あかねさす 紫野」


熊野バス停
初めて熊野を訪ねたのは、昨年の11月中旬のことだった。
各地に被害をもたらした台風18号(特別警報第一号)が滋賀を襲った約1ヶ月後である。

2013年台風18号のよる土砂崩れ
熊野バス停近くでは土砂崩れがあり、向かい側の路肩に青いビニールシートが見えていた。
路線バスは熊野神社前まで行くことができず、熊野で折り返しとなっていた時期である。
だが、熊野の集落はとても静かで平穏そのものだった。

熊野地蔵堂
熊野神社へ行く途中で見かけた地蔵堂。

熊野神社のタコ杉とイチョウの大木-1

熊野神社のタコ杉とイチョウの大木-2
熊野神社の前にあるタコ杉やイチョウの大木が見事だった。

熊野神社
熊野神社。
白州さんが行ってみることは出来なかったと書いた「熊野の滝」は、この山中にある。
神社の駐車場奥に「熊野の滝」への道があったが、滝へは土砂崩れで行けないと聞いていた。
そのため、ヒダリマキガヤの木を見て次の目的地に向かうことにした。
駐車場から滝まで、往復で徒歩1時間は見ておかないといけない距離だったこともある。
京都方面から熊野へは、車でも公共交通機関でも、行くだけでかなりの時間を要する。
帰り道を考えると、滞在時間は思いのほか短い。(滝まで行かれる方はその点ご注意下さい。)

ヒダリマキガヤに出会う
熊野神社の駐車場から一本道を100m程歩いたところ、ヒダリマキガヤの1号木を見つけた。
ガードレールのそばに案内板があり、そばには下に降りる石段がある。

熊野のヒダリマキガヤ
左巻榧(ヒダリマキガヤ)は、カヤ(榧)が突然変異で生じた変種である。
カヤ(榧) はイチイ科カヤ属の常緑針葉樹で、山形県以南に分布している。
ヒダリマキガヤの自生地は、他にも宮城県・兵庫県・富山県・三重県にあるらしい。

現地の案内板によれば、一般的なカヤの種子は長さ1~3cmの卵形または楕円形で、
「外種皮及び内種皮の浅い溝が、・・・直線である」という。

これに対して、ヒダリマキガヤの種子は長さ4~5cmの長楕円形とやや大きく、
「外種皮及び内種皮の浅い溝が、・・・左方向へ螺旋状に巻いている」という。

巨樹と花のページさんによると、熊野のヒダリマキガヤは4本発見されていて、
3本が国の天然記念物に指定されているとのこと。

私が撮影したのはその1号木で、1922年に国の天然記念物の第一号指定を受けている。
だが、カーナビやGoogle mapに出てくる「熊野のヒダリマキガヤ」とは明らかに場所が違った。どうやらカーナビやGoogle mapでは、個人宅の敷地内が示されているようだ。

1号木と3号木は誰もが訪問できる場所にあるので、なるべく地元のご迷惑にならないように、地図はそちらを表示してほしいと思うのは、私だけだろうか。

サワガニ
水の綺麗な場所にしか生息しないという、サワガニに出会った。
ヒダリマキガヤの木の近くに、どうやら川があるらしい。

ちなみに、自然豊かな日野町には、知り得る限り5つもの天然記念物がある。
・熊野のヒダリマキガヤ[植物]
鎌掛のホンシャクナゲ[植物/2014年5月にご紹介しています]
・鎌掛の屏風岩〔地質・鉱物〕
・別所高師小僧〔地質・鉱物〕
・綿向山麓の接触変質地帯〔地質・鉱物〕

(別所高師小僧って??どんなものなのか、気になります・・・)

西明寺
熊野から音羽まで戻って、竜王山の麓の西明寺という集落を訪ねた。
長い坂道が続き、綿向山の登山口を過ぎると、行く手に西明寺の集落が見えてくる。
集落の入り口には、西明寺という名の、臨済宗永源寺派の寺院がある。
紅葉で有名な湖東三山にも同名の寺があるが、それとはまったく別の寺である。

日野の西明寺は、奈良時代に竜王山に創建されたと伝わる名刹である。
聖徳太子が開いたと伝えられており、数々の文化財が後世に残されている。
もとは天台宗の寺で、江戸時代に臨済宗永源寺派の末寺となったという。
御覧の通り、茅葺屋根のお堂が素晴らしい。

西明寺の石仏群
寺の前の石垣には、近くの蓮台野から発掘されたという石仏群が並んでいた。
白洲さんが繰り返し書いている通り、近江は石の文化だとつくづく感じさせられた。
紙や木は燃えて無くなることがあるが、石の文化財はずっと残るのだな。
都が移って、権力者が変わって、時代が移ろっても、寺院が無くなっても、石仏・石塔は残る。
時に不遇の時代を経て、風雪にさらされても、場所を移動させられても、石は残る。
それは信仰の力なのかもしれないが、西明寺のような集落だからこそ残ったのだと思う。

西明寺の集落と石仏たち
西明寺の集落を眺めるかのように、石仏が立ち並んでいた。
たとえば山中に転がされていたら、このような形で後世の人間が見ることはなかっただろう。疎んじられることなく、仰々しく誰かに見せるためでもなく、当たり前のように置かれている。今まで信仰心と表現してきたけれど、もっと素朴で大切な心が潜んでいるような気がした。

西明寺の瓦
寺の屋根瓦に、西明寺の「西」の字を発見。こんなところにも、集落の人の心を感じた。
日野は広い。熊野も西明寺も日野である。
蒲生野は広い。知らなかった風景がまだまだ広がっている。

蒲生野にある石の文化財といえば、東近江市の石塔寺が知られている。
石塔寺も聖徳太子ゆかりの場所だ。近いうちにご紹介できればと思っている。