沖つ島山8(東近江のかくれ里、紅葉の名所・石馬寺にて)~近江山河抄の舞台を歩く(54)

石馬寺の紅葉と石仏
滋賀県東近江市にある石馬寺(いしばじ)もまた、紅葉の隠れた名所である。
教林坊や観音正寺のある繖山に近く、前回ご紹介した瓦屋寺からもさほど離れていない。
白洲正子さんの『かくれ里』にも出てくる古刹である。

石馬寺参道入口の石仏
参道入口の脇には、無数の石仏。花がお供えしてある。

石馬寺の石段と紅葉
乱れ石積みの階段を登っていくと、優しい色の紅葉が迎えてくれた。

石馬寺かんのん坂
石馬寺と神社の分岐点。かんのん坂と呼ばれており、登っていくと本堂がある。
石段がきついので、ここまで登って来る人は少ない。

石馬寺本堂と紅葉
撮影した日はちょうど紅葉の見ごろで、本堂はすぐ目の前にあった。

石馬寺の優しい黄色の紅葉
石馬寺の紅葉は、優しい色合いでやわらかい黄色が印象的。
山の中なので、紅葉に緑が映え、とても自然な色に感じられる。
石馬寺を訪ねるなら秋がおすすめですと、地元の方が仰っていた気持ちが、よく分かる。
ちなみに、どの写真も一切色の修正をかけていない。

石馬寺の石庭
石馬寺の石庭。後ろに本堂と鐘楼が見えている。
御住職の話では修験道に起源を持つ寺で、庭奥の巨岩の周囲は水が枯れることがないとか。
そういえば、本堂で見せていただいた中に、鎌倉時代の役行者像があった。
前回ご紹介した太郎坊宮といい、東近江は山岳信仰と修験道の地なのだと実感する。

石馬寺本堂横の石仏
本堂の横には、修験道を彷彿させる石仏たち。頭上の紅葉が見事。
なんて美しい所なんだろう!

石馬寺境内奥の石仏
境内の奥にも、御覧のように修験の雰囲気が漂っている。

石馬の池
石馬寺は推古2年(594)、聖徳太子が開いたという伝承がある。
太子が繖山山麓を訪ねた際、乗ってきた馬を松の木につないで山に登った。
ところが山を下りると、つないでいた馬は池に沈んで石になっていたという。
霊験を感じた太子は寺を建立して、石馬寺と名付けたと伝わっている。
境内入り口には石馬の池(写真)があり、石馬寺縁起発祥の古池として保存されている。

教林坊もそうだが、近江八幡市、安土町、東近江市には、聖徳太子開基の伝承の寺が多い。推古天皇の摂政だった聖徳太子は、鎮護国家を祈る霊地を求めて近江を旅したと言われる。

ちなみに、近江八幡市には願成就寺(がんじょうじゅじ)という寺がある。
推古天皇27年正月に聖徳太子(48才)が勅を賜り、近江国(滋賀県)に48箇所の寺を建立。最後に建てた寺が願成就寺で、故に願いが成就したとして願成就寺と号したと言われている。⇒願成就寺の写真はこちら(バックナンバーより)

麓の集落から石馬寺に続く参道
麓の集落から石馬寺に続く参道を、振り返りながら撮影。
石馬寺は信長の兵火で灰燼に帰し、正保元年(1644)に禅寺として再建されている。
信長と敵対した近江佐々木氏の庇護を受けていたゆえの悲劇は、湖東三山と共通している。江戸時代に禅寺となって再興されたことも、同じ東近江の瓦屋寺とよく似ている。

古来から湖東は山岳信仰の聖地であり、帰化人の秦氏がいて、豊かな歴史と文化を育んできた。現在、東近江の寺院が注目されているのは、自然な流れなのかもしれない。今年の秋は東近江を訪ねる機会が多く、改めてその魅力に気付かされた。
(撮影日:2013年11月26日)

石馬寺:滋賀県東近江市五個荘石馬寺町823
http://ishibaji.jp/


「沖つ島山」シリーズ バックナンバー
1(安土のかくれ里、教林坊と老蘇の森)
2(近江八幡:ちょっと番外編:八幡堀と、ネコと、菖蒲と紫陽花)
3(近江八幡:水郷の風景、安土の山から見た西の湖、アジサイの咲く頃・長命寺)
4(安土の繖山:桑実寺、観音寺城跡と観音正寺/付記:観音寺城関連リンク集)
5(近江八幡:大嶋・奥津嶋神社<北津田>~渡合橋~水郷の風景<円山>/圓山神社と寶珠寺)
6(琵琶湖最大の島・沖島。沖島と奥島山(大嶋・奥津嶋神社)と八幡山(日牟礼八幡宮)を結ぶ線)
7(近江源氏・佐々木氏ゆかりの地を巡る。氏神「沙沙貴神社」と京極家の菩提寺「徳源院」)

次回:近江路3(滋賀県湖南市:岩根の石仏と善水寺)の予定です。


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