【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 滋賀・堅田町内巡行編(2013年5月14日撮影) #shiga #otsu #japan #photo

堅田なぎさ苑前の琵琶湖(2013年献撰供御人行列-1)
葵祭の前日にあたる5月14日。
琵琶湖畔の町・本堅田から、京都の下鴨神社へ鮒を献上する神事が行われている。

目の前に琵琶湖が広がるこの風景は、準備会場である「堅田なぎさ苑前」で撮影。
近江八景「堅田の落雁」として知られる浮御堂は、この対岸の緑地(公園)の奥にある。

神田神社(2013年献撰供御人行列-2)
1090年(平安時代)、本堅田の神田神社(写真)は下鴨神社の御厨(みくりや)となった。
堅田は「御膳料」としての鮮魚を進上する代わりに国司によって所役を免除される。
下鴨神社の庇護の下、中世の堅田は琵琶湖最大の自治都市を築いたと伝えられている。

この歴史を現代にも伝えようと、1990年から献饌供御人行列が行われている。
(※堅田町内だけでなく下鴨神社へも巡行する現在のスタイルは1994年以降続けられている。)

堅田から同行し撮影させていただくのは、今年で5年目になる。
今回は2013年度の様子の前編をお送りします。

神田神社で道中の無事を祈願(2013年献撰供御人行列-3)
朝8時過ぎ、神田神社(滋賀県大津市本堅田1丁目)で道中の無事を祈願する一行。
神田神社を出発し、鮒をお払いするために伊豆神社へと向かう。

伊豆神社で氏子の皆さんの出迎え(2013年献撰供御人行列-4)
伊豆神社で氏子の皆さんの出迎えを受ける。

伊豆神社でお払いを受ける(2013年献撰供御人行列-5)
伊豆神社でお払いを受ける氏子の皆さん。羽織の両胸にカモアオイの紋が刺繍されている。

鮒を入れた木箱にも、カモアオイの紋(2013年献撰供御人行列-6)
鮒を入れた木箱にも、カモアオイの紋。神田神社・伊豆神社は下鴨神社と同じ紋を使う。中世の琵琶湖では、この紋は特別な意味を持っていた。

下鴨神社の御厨(みくりや)となった当時、琵琶湖にはあるルールがあった。
琵琶湖を出航した船は、出港したのと同じ港に帰ってこなければならなかったのである。

下鴨神社は、堅田の漁民・船主に琵琶湖の漁業権と通行権を与えた。
堅田の者が乗っていれば、その船はどこに停泊してもいいという特権だった。
その後、カモアオイの紋(下鴨神社の紋)の旗をつけた船であれば、
堅田の者が乗船しているのと同じ扱いをするようになった。

湖上関を置き、上乗り料(手数料)を徴収することで、堅田は経済的・交通的特権を確立。中世の堅田は、大阪の堺のような自治都市を築いたと言われている。

ところでなぜ鮒(ふな)なのか、以前、琵琶湖博物館の学芸員の方から伺ったことがある。
琵琶湖といえば堅田、堅田と言えば鮒というくらい、有名なものだったそうだ。
鮒は繁栄する堅田の象徴であり、献上品としても特別な意味を持っていた。

浮御堂に続く道を行く一行(2013年献撰供御人行列-7)
浮御堂に続く道を行く一行。この後、浮御堂前を左折して、堅田町内を1時間巡行する。

伊豆神社脇、土蔵と町屋のある町並み(2013年献撰供御人行列-8)
伊豆神社脇の道と交差する地点。本堅田1丁目は土蔵と町屋のある町並みが見られる。

参加者が烏帽子につけているのは、カツラの枝である。
神社の紋であるカモアオイは小さな植物なので、葉の形が似ているカツラの枝をつける。
葵祭当日も見られる光景である。

本町商店街通りの八百熊商店前(2013年献撰供御人行列-9)
本町商店街通りの八百熊商店前。お知り合いに会って、笑みがこぼれる皆さん。

出町通り(2013年献撰供御人行列-10)
出町通り。浮御堂へのバス通りになっていて、趣のある町並みが続く。

大道町の町屋前を行く(2013年献撰供御人行列-11)
浮御堂へ続く大道町。町屋が暮らしの中に残る美しい町並みの中を行く。
この後、湖族の郷資料館の前で貸切バスに乗り、大原・八瀬を経由して下鴨神社へ。
堅田の西は京都・大原で、山を越えれば下鴨神社の近くに出る。(地図参照)

約一時間後、下鴨神社に到着し、糾の森を巡行。下鴨神社本殿での神事に臨む。(次回)


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In the second half in the 11th century (Heian era last years) ,Katata was a territory in Shimogamo Shrine in Kyoto, and “Mikuriya” was put under Kanda Shrine, and the obligation to which an attendant table to Kamonoyashiro and seafood for an attendant festival are presented was carried.As the reward, Katata got every rights and interests from fishery or the service of Lake Biwa and built the greatest town around Lake Biwa in the Middle Ages.Every year, “Kensen Kugonin Gyoretsu” procession which leaves the Kanda Shrine and sends crucian carps to Shimogamo Shrine is performed gracefully with the traditional ritual on May 14,the day before Aoi Festival of Kyoto.


(2015/1/10追記)
新聞コラムが当ブログの文章を「引用」したのでは?と指摘されている件について~新聞社に申し入れを行いました

新聞社に類似箇所(無断転載)の具体的な指摘を行ったため、しばらくブログの現状(表現)を変更できませんでした。2015年を迎えたのを機に、ブログ、YouTube(文章)とも該当箇所を訂正させていただきました。

訂正箇所は献饌供御人行列の開始年度です。

× この歴史を現代にも伝えようと、1994年から献饌供御人行列が行われている。

○ この歴史を現代にも伝えようと、1990年から献饌供御人行列が行われている。
(※堅田町内だけでなく下鴨神社へも巡行する現在のスタイルは1994年以降続けられている。)

なお訂正を行った記事は以下のとおりです。
(1)2009/5/20  臨時増刊号・献饌供御人行列の動画(2009年5月14日(木)撮影)
(2)2010/4/17  献饌供御人行列(01) 神事の日の朝、神田神社 ~Honkatata/本堅田 253
(3)2010/4/30  献饌供御人行列(14) カモアオイ(双葉葵、賀茂葵)の御神紋を掲げて ~Honkatata/本堅田 282-283
(4)2013/5/17   【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 滋賀・堅田町内巡行編(2013年5月14日撮影) #shiga #otsu #japan #photo
(5)2014/5/22   【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 滋賀・堅田町内巡行編(2014/5/14) #katata #shiga #japan #festival #photo
(6)2014/5/24   【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 京都・下鴨神社巡行編(2014/5/14) #kyoto #japan #festival #photo
(7)YouTube(動画の解説文):献撰供御人行列 2009年5月14日(木)