紫香楽の宮5(青もみじの季節に訪ねる、常楽寺と長寿寺)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(22)

西寺(常楽寺)、本堂と三重塔

彼[良弁]は近江の帰化人の子孫で、後に造東大寺司となり、石山寺も建立した。石山だけでなく、湖南の古い寺院は、ほとんど彼の創建による。(中略)
が、なんといっても美しいのは、東寺(長寿寺)と西寺(常楽寺)であろう。
『近江山河抄』

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滋賀ロケーションオフィス・映画エキストラ募集のお知らせ<2013/5/31(金)滋賀県大津市内・18歳~60代男性140名・作品名「幕末高校生」(仮)>

撮影でお世話になっている方から伺ったので、皆さまにご紹介させていただきます。
滋賀ロケーションオフィスが、5/31撮影の映画の男性エキストラを募集されています。
今回はサポーター以外の方の募集も広く受け付けます、とのことです。
ご関心のある方は、滋賀ロケーションオフィスまでお問い合せ下さい。

***

幕末高校生(仮)の5月31日(金)男性エキストラがまだまだ足りません!!
お時間の都合がつく方はぜひご協力お願いします!

作品名:「幕末高校生」(仮)
公開日:2014年春~夏公開予定
制作:フジテレビ・東映株式会社京都撮影所

◎江戸に進軍する官軍兵士、江戸の町人 役
・日時:2013年5月31日(金)7:00~18:00(予定)
※集合時間相談可
雨天時延期:2013年6月1日(土)同時間帯
・撮影・集合場所:滋賀県大津市中心部
(車OK。詳細は滋賀ロケーションオフィスへお問い合わせ下さい)
・募集条件:18~60代男性(140名)
※足腰に不安の無い方(進軍のシーンです)
※ヒゲNG
※金髪など極端に明るい髪色の方NG
※高校生は学業優先にしてください。

◎募集締切と決定について
2013年5月26日(日)締切→28日(火)中に決定者に連絡。
万一応募多数の場合は選考させていただきますのでご了承ください。

詳細・お問合せ≫滋賀ロケーションオフィス
http://www.shiga-location.jp/news/index.php?id=285
TEL:077-528-3745/FAX:077-527-7329/E-mail:info@shiga-location.jp

【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 京都・下鴨神社巡行編(2013年5月14日撮影) #kyoto #japan #photo

下鴨神社巡行開始(2013年献撰供御人行列-12)
下鴨神社の巫女さんを先頭に、雅楽を演奏する3人の神主さん、堅田の皆さんが続く。
葵祭の前日に、琵琶湖畔の本堅田から鮒を献上する神事「献撰供御人行列」である。

今回は、2013年度の様子の後編(下鴨神社巡行編)をお送りします。

下鴨神社糾の森巡行(2013年献撰供御人行列-13)
下鴨神社糾の森巡行。供御人行列の旗に描かれているのは、下鴨神社の御神紋。
「カモアオイ」(双葉葵、賀茂葵)という植物である。

下鴨神社の資料によれば、「あふ」は「会う」、「ひ」は神様の力を示す言葉だという。
大きな力に巡りあうという意味を、植物の「あふひ=葵」で示している。

下鴨神社の鳥居をくぐって神職のお出迎えを受ける(2013年献撰供御人行列-14)
糾の森を抜け鳥居をくぐると、緊張感が一気に高まる。神職のお出迎えを受ける。

下鴨神社の境内を運ばれていく献上品の鮒寿司(2013年献撰供御人行列-15)
献上品の鮒寿司。堅田からは鮒と鮒寿司が献上されている。
葵祭前に奉納されるのは、亀岡の栗、近江八幡の米、長良川の鮎、堅田の鮒だという。
行列を仕立てて奉納しているのは、現在のところ堅田だけだと、以前伺った事がある。

下鴨神社の楼門前、行列は粛々と進む(2013年献撰供御人行列-16)
下鴨神社の楼門前、行列は粛々と進む。

朱塗りの美しい楼門をくぐる(2013年献撰供御人行列-17)
下鴨神社は世界遺産になっている。朱塗りの美しい楼門をくぐる。

下鴨神社本殿にて、神事の始まる前(2013年献撰供御人行列-18)
本殿にて。堅田から運んできた鮒を神前に供えてお払いする儀式がこの後20分程度続く。

下鴨神社本殿にて、堅田から運んできた鮒を神前に供える様子(2013年献撰供御人行列-19)
本殿にて。堅田から運んできた鮒を、神職の方が神前にお供えする様子がこちらの写真。

本殿内部のあちこちに供えられている緑の葉は、カツラの枝である。
下鴨神社の紋であるカモアオイは小さな植物なので、葉の形が似ているカツラを使う。
供御人行列の参加者も、烏帽子や胸元など身に着けている。
葵祭当日も、カツラの枝を参加者が身に着けたり、下鴨神社の建物に飾ったりする。

楼門に「堅田供御人行列」の看板、カモアオイの紋が入った提灯(2013年献撰供御人行列-20)
楼門に「堅田供御人行列」の看板。カモアオイの紋が入った提灯を発見。
神事の間は皆が本殿へ行ってしまうので、その間に楼門や舞殿を撮影するようにしている。

下鴨神社本殿にて(2013年献撰供御人行列-21)
2013年度参加者の皆さん。今年は昨年以上の参加者で、盛大な行列となった。
この日は気温が25度を超え、7月上旬並みの気温となったが、無事終了。
今年もお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

<お知らせ>
当日の模様がNHK WORLDで放送されます。(下鴨神社で取材がありました。)

詳細は下記を御覧下さい。

Core Kyoto(NHK WORLD) 2013/7/4放送予定
http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/english/tv/corekyoto/

Core_kyoto20130704


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In the second half in the 11th century (Heian era last years) ,Katata was a territory in Shimogamo  Shrine in Kyoto, and “Mikuriya” was put under Kanda Shrine, and the obligation to which an attendant table to Kamonoyashiro and seafood for an attendant festival are presented was carried.As the reward, Katata got every rights and interests from fishery or the service of Lake Biwa and built the greatest town around Lake Biwa in the Middle Ages.Every year, “Kensen Kugonin Gyoretsu” procession which leaves the Kanda Shrine and sends crucian carps to Shimogamo Shrine is performed gracefully with the traditional ritual on May 14,the day before Aoi Festival of Kyoto.

【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 滋賀・堅田町内巡行編(2013年5月14日撮影) #shiga #otsu #japan #photo

堅田なぎさ苑前の琵琶湖(2013年献撰供御人行列-1)
葵祭の前日にあたる5月14日。
琵琶湖畔の町・本堅田から、京都の下鴨神社へ鮒を献上する神事が行われている。

目の前に琵琶湖が広がるこの風景は、準備会場である「堅田なぎさ苑前」で撮影。
近江八景「堅田の落雁」として知られる浮御堂は、この対岸の緑地(公園)の奥にある。

神田神社(2013年献撰供御人行列-2)
1090年(平安時代)、本堅田の神田神社(写真)は下鴨神社の御厨(みくりや)となった。
堅田は「御膳料」としての鮮魚を進上する代わりに国司によって所役を免除される。
下鴨神社の庇護の下、中世の堅田は琵琶湖最大の自治都市を築いたと伝えられている。

この歴史を現代にも伝えようと、1990年から献饌供御人行列が行われている。
(※堅田町内だけでなく下鴨神社へも巡行する現在のスタイルは1994年以降続けられている。)

堅田から同行し撮影させていただくのは、今年で5年目になる。
今回は2013年度の様子の前編をお送りします。

神田神社で道中の無事を祈願(2013年献撰供御人行列-3)
朝8時過ぎ、神田神社(滋賀県大津市本堅田1丁目)で道中の無事を祈願する一行。
神田神社を出発し、鮒をお払いするために伊豆神社へと向かう。

伊豆神社で氏子の皆さんの出迎え(2013年献撰供御人行列-4)
伊豆神社で氏子の皆さんの出迎えを受ける。

伊豆神社でお払いを受ける(2013年献撰供御人行列-5)
伊豆神社でお払いを受ける氏子の皆さん。羽織の両胸にカモアオイの紋が刺繍されている。

鮒を入れた木箱にも、カモアオイの紋(2013年献撰供御人行列-6)
鮒を入れた木箱にも、カモアオイの紋。神田神社・伊豆神社は下鴨神社と同じ紋を使う。中世の琵琶湖では、この紋は特別な意味を持っていた。

下鴨神社の御厨(みくりや)となった当時、琵琶湖にはあるルールがあった。
琵琶湖を出航した船は、出港したのと同じ港に帰ってこなければならなかったのである。

下鴨神社は、堅田の漁民・船主に琵琶湖の漁業権と通行権を与えた。
堅田の者が乗っていれば、その船はどこに停泊してもいいという特権だった。
その後、カモアオイの紋(下鴨神社の紋)の旗をつけた船であれば、
堅田の者が乗船しているのと同じ扱いをするようになった。

湖上関を置き、上乗り料(手数料)を徴収することで、堅田は経済的・交通的特権を確立。中世の堅田は、大阪の堺のような自治都市を築いたと言われている。

ところでなぜ鮒(ふな)なのか、以前、琵琶湖博物館の学芸員の方から伺ったことがある。
琵琶湖といえば堅田、堅田と言えば鮒というくらい、有名なものだったそうだ。
鮒は繁栄する堅田の象徴であり、献上品としても特別な意味を持っていた。

浮御堂に続く道を行く一行(2013年献撰供御人行列-7)
浮御堂に続く道を行く一行。この後、浮御堂前を左折して、堅田町内を1時間巡行する。

伊豆神社脇、土蔵と町屋のある町並み(2013年献撰供御人行列-8)
伊豆神社脇の道と交差する地点。本堅田1丁目は土蔵と町屋のある町並みが見られる。

参加者が烏帽子につけているのは、カツラの枝である。
神社の紋であるカモアオイは小さな植物なので、葉の形が似ているカツラの枝をつける。
葵祭当日も見られる光景である。

本町商店街通りの八百熊商店前(2013年献撰供御人行列-9)
本町商店街通りの八百熊商店前。お知り合いに会って、笑みがこぼれる皆さん。

出町通り(2013年献撰供御人行列-10)
出町通り。浮御堂へのバス通りになっていて、趣のある町並みが続く。

大道町の町屋前を行く(2013年献撰供御人行列-11)
浮御堂へ続く大道町。町屋が暮らしの中に残る美しい町並みの中を行く。
この後、湖族の郷資料館の前で貸切バスに乗り、大原・八瀬を経由して下鴨神社へ。
堅田の西は京都・大原で、山を越えれば下鴨神社の近くに出る。(地図参照)

約一時間後、下鴨神社に到着し、糾の森を巡行。下鴨神社本殿での神事に臨む。(次回)


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In the second half in the 11th century (Heian era last years) ,Katata was a territory in Shimogamo Shrine in Kyoto, and “Mikuriya” was put under Kanda Shrine, and the obligation to which an attendant table to Kamonoyashiro and seafood for an attendant festival are presented was carried.As the reward, Katata got every rights and interests from fishery or the service of Lake Biwa and built the greatest town around Lake Biwa in the Middle Ages.Every year, “Kensen Kugonin Gyoretsu” procession which leaves the Kanda Shrine and sends crucian carps to Shimogamo Shrine is performed gracefully with the traditional ritual on May 14,the day before Aoi Festival of Kyoto.


(2015/1/10追記)
新聞コラムが当ブログの文章を「引用」したのでは?と指摘されている件について~新聞社に申し入れを行いました

新聞社に類似箇所(無断転載)の具体的な指摘を行ったため、しばらくブログの現状(表現)を変更できませんでした。2015年を迎えたのを機に、ブログ、YouTube(文章)とも該当箇所を訂正させていただきました。

訂正箇所は献饌供御人行列の開始年度です。

× この歴史を現代にも伝えようと、1994年から献饌供御人行列が行われている。

○ この歴史を現代にも伝えようと、1990年から献饌供御人行列が行われている。
(※堅田町内だけでなく下鴨神社へも巡行する現在のスタイルは1994年以降続けられている。)

なお訂正を行った記事は以下のとおりです。
(1)2009/5/20  臨時増刊号・献饌供御人行列の動画(2009年5月14日(木)撮影)
(2)2010/4/17  献饌供御人行列(01) 神事の日の朝、神田神社 ~Honkatata/本堅田 253
(3)2010/4/30  献饌供御人行列(14) カモアオイ(双葉葵、賀茂葵)の御神紋を掲げて ~Honkatata/本堅田 282-283
(4)2013/5/17   【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 滋賀・堅田町内巡行編(2013年5月14日撮影) #shiga #otsu #japan #photo
(5)2014/5/22   【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 滋賀・堅田町内巡行編(2014/5/14) #katata #shiga #japan #festival #photo
(6)2014/5/24   【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 京都・下鴨神社巡行編(2014/5/14) #kyoto #japan #festival #photo
(7)YouTube(動画の解説文):献撰供御人行列 2009年5月14日(木)

紫香楽の宮3(かくれ里「金勝」。大野神社から金勝寺里坊、金胎寺から金勝寺へ)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(20)

大野神社参道入り口

草津から南下すると金勝という村に出る。小さな集落が点在する中を縫っていくと立派な神社が次々とあらわれ、名称は忘れたが、いずれも鎌倉か室町のすぐれた建築である(白洲正子『かくれ里』

この神社が、滋賀県栗東市荒張にある大野神社と、隣の春日神社だと考えられている。大野神社は、金勝寺(こんしょうじ)西参道の起点で、かつては起点を示す丁石があった。その丁石(五十丁石)は盗難に遭って現存していない。

金勝(こんぜ)の里については、白洲さんの代表作『かくれ里』に詳しい記述がある。
『かくれ里』に書かれたコースをたどって、大野神社から金勝寺まで山道を登ってみた。

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紫香楽の宮2(奈良平城京の鬼門・金勝寺と狛坂磨崖仏/知られざる金勝の石仏たち)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(19)

金勝寺正面参道と仁王門
滋賀県栗東市の山中に、奈良の都を守護するために建てられた寺がある。
平城京の鬼門(北東)に位置しており、寺は奈良を向いて建てられている。
その事は、殆ど知られていない。

この地は「西の比叡山、東の金勝寺(こんしょうじ)」と言われた湖南仏教の中心地だった。比叡山が京都の鬼門に当たり、京都を守護するのと対照的である。

木造仁王立像(金勝寺仁王門)
天平5年(733)、聖武天皇の勅願により、良弁(ろうべん)によって金勝寺は開かれた。
良弁は近江出身で、奈良の大仏を造営した功績で東大寺の初代別当となった僧である。

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【葵祭前儀「献撰供御人行列」2013年度参加者募集】葵祭前日(5/14)、滋賀から下鴨神社へ、琵琶湖の鮒を納めに行く行事です。(写真ブログKatata/堅田より) #shiga #otsu #photo

◆献饌供御人行列(けんせん くごにん ぎょうれつ)
葵祭の前日(5月14日)、琵琶湖畔の町・本堅田から、京都の下鴨神社へ、
鮒(ふな)と鮒寿司を献上する神事です。
近年は”葵祭「前儀」”として、葵祭の公式行事になっています。

詳細は、YouTube動画をご覧ください。
「献饌供御人行列2009年5月14日(木)」をクリックするとYouTubeページにキャンプし、解説が出ます。↓

◆どなたでも参加できます。参加費は無料です。
衣装準備の都合上、前日までに湖族の郷資料館までご連絡ください。
お問い合わせ・参加申し込み:湖族の郷資料館(電話077-574-1685)

◆5月14日の日程
1.堅田町内巡行:午前8時から9時
神田神社→旧西浦の小路→伊豆神社→港橋→本町商店街通り→出町通り→みくりや参道→湖族の郷資料館(バスにて下鴨神社へ)
2.下鴨神社糺の森参道巡行:午前10時から11時

(ポスター提供:堅田湖族の郷事務局様)
Kugonin2013