大津の京4(志賀の大仏と百穴古墳群) ~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(10)

木漏れ日(崇福寺跡に続く山道にて)
山中越(志賀越)は、京都と近江を結ぶ古くからのルートのひとつである。
滋賀里から崇福寺跡・志賀峠を通り、山中町を経て北白川、京都へと通じている。

この一帯は比叡山延暦寺に近く、東海自然歩道になっている。
崇福寺跡に続く山道の入口に、山中越(志賀越)の道中安全を見守る道祖神がある。

志賀の大仏
とても優しいお顔の仏さまは、「志賀の大仏(おぼとけ)」と呼ばれる阿弥陀如来座像。
13世紀頃(室町時代)に作られた、高さ約3mの石仏である。

地元の方がよくお参りされているようで、お堂はいつも清潔で心地よい。
お正月に撮影した写真なので、鏡餅のお供えが一緒に写っている。

志賀の大仏(お顔)

おぼとけは、大仏だろうが、「おとぼけさん」といいたくなるような表情で、近江を歩いていると、時々このようなものに出会えるのがたのしい。ふっくらとした彫りが美しく、おつむの後ろに雑草が生えているのも、場所がら有がたい心地がする。(白洲正子『近江山河抄』

百穴古墳群と石仏
志賀の大仏の少し手前、竹林の中にあるのが、百穴古墳群(ひゃっけつ こふんぐん)。
写真の左上に写っている三角屋根の石、これが古墳である。

百穴古墳群
「百穴」という名前は、石室の入り口が穴のように沢山見えていることから、名づけられた。
このような古墳が一面に広がり、薄暗い竹林と相まって、壮観な風景を見ることができる。

百穴古墳群(案内板)
石室の天井がドーム状なのが、百穴古墳群の特徴だ。渡来人と深く関係しているという。

百穴古墳群(玄室)
百穴古墳群の玄室。玄室とは死んだ人を納める場所のこと。

百穴古墳群(案内板より、古墳のしくみ)
古墳のしくみ(案内板より)。奥が玄室である。

滋賀里の高台から見た琵琶湖と三上山
百穴古墳群・志賀の大仏からの帰り道、滋賀里の高台から見た琵琶湖と三上山。

あいにく曇り空だったが、電信柱の陰に見えているのが三上山(近江富士)。
湖西から見る三上山は、いつもこんな風に、琵琶湖の向こうにひょっこりと顔を出す。

滋賀里は歴史を感じさせる美しい町で、ふもとの志賀八幡神社も趣がある。
以前、滋賀里をご紹介した記事がGoogle Mapsに掲載されているので、こちらからどうぞ。
志賀八幡神社(Google Maps)

大津の京5(壬申の乱と瀬田の唐橋、弘文天皇陵)へ続きます。