堅田内湖が「かや」と呼ばれていた理由について(文章)&雪の比良山系、堅田内湖に映る影(写真) ~Honkatata/本堅田 338(2) #shiga #japan #photo

雪の比良山系、堅田内湖に映る影

2012年の6月に、堅田出身のWさんから頂いたお便りをご紹介しました。
Wさんは子供の頃、堅田内湖の事を「かや」と呼んでいたそうです。

▼春の堅田内湖の写真と、Wさんのお便りはこちら。
琵琶湖のラグーン(潟湖)、堅田内湖。水に浮かんでいるような町のお話、続編。

先日、堅田の町おこし団体・湖族の郷(こぞくのさと)の皆さんにお会いしたので、
是非この機会にと、お話を聞いてきました。

30代の方はさすがに「かや」は聞いたことがないということでしたが、
その親から祖父の世代の方は、皆さん「かや」をご存知でした。

「かや」は愛称みたいなもの。当時は堅田内湖と呼んでいなかっただけで、
おそらく、琵琶湖のヨシ(葦)が語源なのではないかというお話でした。

ヨシ→茅葺(かやぶき)屋根の「かや」を連想したのではないかというのですが、
「かや」の正確な漢字は分かりませんでした。

当時、堅田内湖は琵琶湖の一部みたいなもので、ヨシがたくさん生えていたから
「かや」と呼んだのではないだろうか、というのが話の結論でした。

そのためなのか、堅田内湖は不動産登記の地目でいうと
「雑種地」(いずれにも該当しない土地)に当たるといったお話も出ました。

▼地目についてはこちらに解説があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%9B%AE

また、ある方のお話によれば、堅田内湖から堅田漁港沿いの家は
漁師さんの家ばかりだったそうです。

Wさんや皆さんのご参考になれば幸いです。

湖族の郷資料館の館長さんのお話は伺うことができなかったので、
今度また、館長さんに伺ってみますね。


写真:堅田内湖に架かる橋の上から写した、堅田らしい冬の風景。
内湖の中に見えているのは、淡水真珠の養殖用の柵です。

(写真右から)内湖の畔の木、田畑、今は使われていない遊園地の観覧車、
ヤマダ電機の赤い看板、ゴルフ練習場のバックネット、マンションに民家。
背後には、雪の比良山系が見えています。

堅田(滋賀県大津市)の写真 本堅田 堅田内湖19 「雪の比良山系、堅田内湖に映る影」■撮影地:堅田内湖(内湖大橋の上より撮影。滋賀県大津市本堅田4丁目)

Photograph of Honkatata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata Katata  Inner Lake 19
2010.01.09 15:20″Mt.Hira and Katata InnerLake in January”

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