琵琶湖の畔の風景写真「Katata/堅田」|特別編43:琵琶湖に繋がる運河、八幡堀。時代劇にも使われる、涼しげな風景をどうぞ。Beautiful Scenery of Omihachiman-1- #shiga #japan #photo

夏の八幡掘、柳と舟

みなさま、暑中お見舞い申し上げます。
暑い日には何か涼しい写真をと思って、今回は”運河のある風景”をお届けします。
堅田の対岸(湖東)にある近江八幡市から、「八幡堀」の風景です。

八幡堀(はちまんぼり)は、滋賀県近江八幡市にある幅員約15メートル、全長6キロメートルに及ぶ運河です。

時代劇のロケ地として有名で、例えば「鬼平犯科帳」(中村吉右衛門さん主演、フジテレビ系列で1989年7月より放映)の水辺のシーンといえば八幡掘。 「鬼平犯科帳」はエンディングの音楽と映像が素晴らしくて、ご記憶の方も多いと思いますが、あのエンディングの一部もここで撮影されています。

※ウィキペディアにも「桜・運河/近江八幡」(で撮影)と載っていました。→ウィキペディア:鬼平犯科帳 (中村吉右衛門)

夏の八幡掘、白壁の建物と明治橋

↑白壁の建物が多い八幡堀。向こうに見えているのは明治橋。

夏の八幡掘、白雲橋の下から

↑橋(白雲橋)の下も歩いて通ることができます。かすかに見えているのが明治橋です。
↓サルスベリ(百日紅)のピンクの花が咲く頃、歩いて撮影しました。

夏の八幡掘、サルスベリの咲く頃「白雲橋」のそばにて
夏の八幡掘、置かれた舟
夏の八幡掘、かわらミュージアム前にて、あきんど号と

↑かわらミュージアムの前まで歩いてみました。
Hachiman-bori Canal is located in Omihachiman City, Shiga Prefecture, and measures approximately 15m wide and 6km long.Drawing its water from Lake Biwa, Hachiman-bori Moat served not only as a moat during battles, but also as a waterway.

八幡掘のお地蔵さん

↑八幡掘を見つめるようにあったお地蔵さん。

近江八幡の町並み(新町通り/旧西川家住宅前)

↑近江八幡旧市街の町並みです。日傘の女性が歩いていくのは、新町通りの旧西川家住宅前の前。

碁盤目状の旧市街を南北に走る新町通り周辺と永原町通り周辺、北の八幡堀の畔には、商家・町家・土蔵が立ち並ぶ町並みが残っています。
In the vicinity of Shinmachi-dori Street and Nagaharacho-dori Street which run from south to north in the old town constructed on a grid and on the dike of Hachiman-bori Canal in the north, townscape with high continuity consisting of premodern buildings such as mercantile houses, traditional townhouses and dozo (storehouse with thick earth walls) exists even today.


※堅田と近江八幡あれこれ(琵琶湖の港町としての共通点)

先月21日に掲載した写真(堅田内湖から引かれた水路が、初夏の町を巡る。街路樹と、家と、日傘の女性と。)の続きとして、八幡掘を一度ご紹介したいと思っていました。

堅田に水路があることに驚かれる方が多いのですが、堅田は室町時代に自治都市として発展、水運が盛んでした。秀吉の時代には自治都市としての実権はなくなり、次第に陰りが見えていったようですが・・・。
堅田には、琵琶湖と内湖(堅田内湖)と町をつなぐ水路が、今も数箇所見られます。

近江八幡にも、西ノ湖という内湖があります。この西ノ湖と旧市街をつなぐ運河が、八幡掘です。
そして、琵琶湖につながる水路のある風景として一番有名なのが、八幡掘であり、あるいは西ノ湖周辺の水郷めぐりの風景なのではないかと思います。

近江八幡観光物産協会 八幡堀~八幡堀とその歴史について~に よれば、「八幡堀は天正13年(1585年)に豊臣秀次(秀吉の甥)が八幡山に城を築き開町したことに始まります。秀次は、八幡堀と琵琶湖とを繋ぎ、湖上 を往来する船を城下内に寄港させることで、人、物、情報を集め、さらに楽市楽座制を実施することで城下を大いに活気づけました。」とあります。この後、近江八幡は近江商人の町として発展しました。

Weblio英語例文検索”八幡堀”に、こんな解説がありました。「近江商人は八幡堀の地の利を活かし、地場産物(畳表、蚊帳、米、酒など)を陸路や水路を利用して各地へ搬出し、各地の産物を持 ち帰り、再び各地へ送り出すといった「諸国産物回し」と呼ばれる商法によって、各地の産業振興に貢献した。Taking advantage of Hachiman-bori Canal’s geographical advantage, Omi merchants adopted a trade scheme called ‘Shokoku Sanbutsu Mawashi (circulation of goods among regions)’ in which they shipped local goods (tatami straw mats, mosquito nets, rice, rice wine and others) via land and water and returned with goods from other regions, which in turn were shipped elsewhere, and through this cycle contributed to industrial development in various parts of the country.」

さらにウィキペディア:八幡 (近江八幡市)には、こんな記述がありました。
「秀次時代からの八幡は、八幡掘を利用した湖上三親浦の一つに数えられる港町として栄えた(他に大津、堅田)。」

堅田と近江八幡には共通点がたくさんあります。

古い町並みや町屋、歴史あるお寺が日常の中に残っていたり、鮒寿司や湖魚煮のお店があったり、車よりも徒歩で散策するのがぴったりの町だったり、どこか信仰心に裏打ちされた品の良さを感じさせる町であったり(堅田は歴史的に蓮如さんへの信仰が厚い町ですが、近江八幡はウィリアム・メレル・ヴォーリズさんへの敬意でしょう。)

なんと言っても、堅田教会を設計したウィリアム・メレル・ヴォーリズさんが来日後亡くなるまでずっと暮らした地が、近江八幡なのです。というわけで次回、近江八幡の町並みとヴォーリズ建築をご紹介できればと思っています。


近江八幡の写真 「夏の八幡掘」1-6、「八幡掘のお地蔵さん」、「近江八幡の町並み(新町通り/旧西川家住宅前)」
2009.09.10撮影■撮影地:滋賀県近江八幡市

Photograph of Omihachiman,Shiga,Japan 2009.09.10 ”Hachiman-bori Canal”1-6
Photograph of Omihachiman,Shiga,Japan 2009.09.10 ”Jizo at Hachiman-bori Canal”
Photograph of Omihachiman,Shiga,Japan 2009.09.10 ”At Shinmachi-dori Street; a preservation district for groups of historic buildings located in the old urban area of Omihachiman City, Shiga Prefecture”

八幡掘へのアクセス:JR近江八幡駅から近江鉄道バス約10分 大杉町下車 徒歩2分
近江鉄道バス時刻表:6番 長命寺行きまたは長命寺経由 休暇村行き
http://time.khobho.co.jp/ohmi_bus/pol_dsp.asp?teicd=8020


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