蓮如上人と、毛糸の帽子(滋賀県大津市・泉福寺から) ~Imakatata/今堅田 086(2)

蓮如上人と、毛糸の帽子

蓮如上人像の”頭”が気になって近づいたら・・・。 ( 写真を御覧下さい。 )
毛糸の帽子の色が銅像の色と合っていて、すごくいいですね。

今堅田(いまかたた)の町には、きっと優しい人が住んでいるのでしょう。
「蓮如さん、お寒いやろうね。これでもかぶって。」
そんな風に想像したら、昔話の”かさこ地蔵”の物語を思いだしました。

堅田は町を挙げて蓮如を匿った歴史があり、蓮如に対する信仰の厚い土地です。


蓮如上人といえば、室町時代の僧侶。浄土真宗の中興の祖です。
親鸞の直系として生まれながら数々の迫害を受け、
京都から脱出して堅田に滞在した時期がありました(1465年~)。

比叡山延暦寺の衆徒が堅田を攻撃しますが、堅田は町を挙げて蓮如を守り抜きます。
1468年、堅田大責(かたたおおぜめ)と呼ばれる歴史上の事件です。
この年、蓮如は比叡山に近い堅田の地をあきらめ、北陸へと向かうことになります。


堅田(滋賀県大津市)の写真 今堅田 泉福寺4 「蓮如上人と、毛糸の帽子」
2010.01.09 15:09

■撮影地:泉福寺(真宗大谷派)■拝観:境内自由
■住所:滋賀県大津市今堅田1丁目5-29■TEL: 077-573-1757

泉福寺と比叡山の位置関係⇒こちら(Google mapへのリンク)


This is the statue of Rennyo in Senpuku-ji temple in Katata,Japan.
”Rennyo (蓮如) (1415-1499) was the 8th Monshu, or head-priest, of the Jōdo Shinshū sect of Buddhism, and descendant of founder Shinran”. http://en.wikipedia.org/wiki/Rennyo
Katata has the history which protected Rennyo, and is a religious town to Rennyo.

Enryaku-ji temple considered that Rennyo and his temple Hongan-ji (in Kyoto) the enemies of the Buddha, and Enryaku-ji temple oppressed them. Hongan-ji  temple was destroyed and he led the life as a fugitive.He stayed at  Honpuku-ji temple in Honkatata and waited for the time of revival in 1467. Enryaku-ji temple attacked Katata with the large force in 1468 (it is called Katata Ozeme). He gave up making Katata into headquarters. It is because Katata was close to Enryaku-ji temple.In April, 1471, he went to Echizen Yosizaki which was a still more distant place from Kyoto.

Photograph of Imakatata,Otsu,Shiga,Japan  Imakatata Senpuku-ji temple 4
2010.01.09 15:09 ”The statue of Rennyo with green wool hat”



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