祥瑞寺と一休さん ~Honkatata/本堅田 222-223

雪の祥瑞寺の境内

室町時代、一休さんが悟りを開いたのは、ここ堅田の地でした。
写真の祥瑞寺は、一休さんが22歳(1415年)から34歳まで修行したお寺です。
当初は祥瑞庵と呼ばれていました。

堅田(滋賀県大津市)は、琵琶湖畔の歴史ある町で、漁師町でもあります。一休さんは、堅田の浜で修行に励み、浜辺でカラスの声を聞いて、悟りを開いたといいます。

同じ頃、一休さんが詠んだ歌です。

「有漏地(うろぢ)より無漏地(むろぢ)へ帰る
一休み
雨ふらば降れ
風ふかば吹け」

※有漏地(うろぢ)=迷い(煩悩)の世界
無漏地(むろぢ)=悟り(仏)の世界

一休さんの師匠であり、祥瑞寺を開いたお坊様、華叟宗曇(かそう そうどん)は、
この歌を聞いて、彼に「一休」の名前(道号)を授けました。

堅田に来る前の一休さんは、21歳のとき、最初の師匠である謙翁宗為(けんおう そうい)を亡くしています。一休さんは生きる気力をなくして、助けられて堅田に来たといいます。

当時の堅田は、堅田衆(湖族)によって、琵琶湖最大の自治都市が築かれていました。堅田衆(湖族)は、琵琶湖の漁業権、通行権を持ち、そこから得た莫大な経済力を背景に豊かな町を築いていったと伝えられています。

堅田衆(湖族)は、なかなか気骨のある人たちでもあったようです。
一休さんが来た後の話になりますが、迫害から蓮如上人を匿い、町を挙げて比叡山延暦寺と戦ったり(堅田大責・1468年)、室町幕府の花の御所造営の際には、琵琶湖の通行税を払わない幕府に抵抗したり(1461年)。

堅田を歩くと、町を流れる時間と空気が、心にとても優しく感じます。
一休青年を受け止めてくれた度量の深さが、この町には残っているのでしょう。
歴史、風土を含めて、本当の豊かさというものをつくづく感じさせられます。
一休さんは堅田で英気を養って、堅田から再び世に出て行ったのですね。

堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 祥瑞寺21 「雪の祥瑞寺3」 2008.02.10 10:35
堅田の写真(滋賀県大津市本堅田) 本堅田 祥瑞寺22 「雪の祥瑞寺4」 2008.02.10 10:34

■撮影地:祥瑞寺(臨済宗大徳寺派)■拝観:境内自由(本堂・開山堂の拝観は要予約) ■住所:滋賀県大津市本堅田1丁目27-20■TEL: 077-572-2171


It is Syouzuiji temple that Ikkyu, who was a famous priest in the 15th century, self-trained from 22 years old to 34 years old. He realized spiritual enlightenment on the beach in Katata. This is one of the temples representing Katata,and a wonderful garden is here as you can see.He was given the name of Ikkyu from Soudon Kasou who was his teacher.

photograph of Katata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata  Syouzuiji  temple 21
“Syouzuiji temple in snowy day”3  2008.02.10 10:35
photograph of Katata,Otsu,Shiga,Japan  Honkatata  Syouzuiji  temple 22
“Syouzuiji temple in snowy day”4  2008.02.10 10:34


<お知らせ>本日をもちまして、定期更新をしばらくお休みさせていただきます。

おかげさまで、「Katata/堅田」は、この12/27に開設2周年を迎えることができました。
あたたかいお便りをたくさんいただきました。本当にありがとうございます!

この秋からは、もう一台カメラを使い、従来より広角で撮ってみました。
堅田を撮るたびに、奥の深さを感じます。これからもずっと撮っていきたい町です。

更新再開の時期は未定です。堅田の冬景色は、こちらのバックナンバーをご利用ください。
http://katata.info/2008/02/
http://katata.info/2009/02/

2010年が皆様にとって良い一年となりますように。 J.Kanematsu


雪の祥瑞寺の門