琵琶湖大橋を歩いて渡る(今堅田を撮る2)

琵琶湖大橋の真下から

先日、琵琶湖大橋を歩いて、今堅田から対岸の守山市まで行ってきました。
冒頭の写真は、琵琶湖大橋の下から撮影しています!

琵琶湖大橋は、琵琶湖の最狭部(一番狭い部分)である大津市今堅田~守山市今浜を結ぶ橋。徒歩で片道約1.4km、歩行者と自転車は無料で通行できます。

普段は自動車でぴゅーっと通り過ぎてしまう方が多いと思いますが、歩きだとこんな風景が見えます、という話題で、しばしお付き合いくださいませ。
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雪の堅田内湖から、道の駅びわ湖大橋米プラザまで(今堅田を撮る1)

雪に覆われた今堅田

1月中旬、琵琶湖畔の今堅田にも雪が降りました。

いいお天気なので、本堅田の浮御堂の前から、今堅田まで歩いてみることにしました。
撮影で10年近く歩き回っている道です。


氷の張った堅田内湖

雪景色の今堅田と、雪の比良山系です。堅田内湖は一面に氷が張っています。


雪の堅田内湖

堅田内湖公園。小さな船着場の向こうに、わずかに琵琶湖大橋が見えています。
右手の民家の奥に、伊豆神田神社があるので行ってみます。


伊豆神田神社ご神木のムクノキ

伊豆神田神社ご神木のムクノキ。
地元の方が奉納された石碑には、樹齢約400年とありました。


伊豆神田神社本殿

伊豆神田神社本殿。
由緒に、貞観二年(860)に神田神社を勧請し、昌泰三年(900)に伊豆神社を合祀したとあります。

Imakatata/今堅田 041-043
内湖公園(堅田内湖)に面し、背後に琵琶湖大橋を控える、水辺の神様・伊豆神田神社。由緒に、貞観二年(860)に神田神社を勧請し、昌泰三年(900)に伊豆神社を合祀したとあった。The Izu Kanda shrine faces an inner lake park ( Katata Inner lake), and Biwako-ohashi Bridge is back visible.It is God of the wat...

伊豆神田神社

伊豆神田神社を後にします。


柿の木と、雪の畑と、カラフルな家

柿の木と、カラフルな家と、雪の畑。今堅田出島灯台バス停付近にて。


野上神社・匂当内侍御廟道の碑

琵琶湖大橋に向かって道なりに進むと、すぐに野上神社があります。

匂当内侍御廟道とあるのは、新田義貞の妻・匂当内侍(こうとうないし)を祀った神社だからです。

匂当内侍は今堅田の琵琶湖で亡くなったといわれています。


匂当内侍御廟道

野上神社。一番奥に匂当内侍のお墓があります。


匂当内侍の墓

南北朝時代、匂当内侍は後醍醐天皇の寵愛を受けて御所に仕えていた。 内侍は、ある月の夜、新田義貞と出会い、愛し合うようになる。

後醍醐天皇は2人の仲を許し、内侍は義貞の妻となった。しかし、足利尊氏の上洛によって義貞は越前に向かい、内侍を今堅田に残してゆく。

3年後の延元三年(1338)7月2日、義貞は越前国藤島で戦死。 義貞の死を伝え聞いた内侍は、悲しみのあまり琵琶湖に身を投げたという。

村人たちは内侍の死を哀れみ、塚を築き、明応六年(1497)には、塚の場所に野神神社を建立した。

内侍の命日にあたる10月8日・9日(旧暦9月9日)には、内侍の霊を弔う「野神祭り」が行われている。

Imakatata/今堅田 054-055
新田義貞の妻・匂当内侍(こうとうないし)の墓が、今堅田にある。The grave of Kotonaishi who was Yoshisada Nitta's wife is in Imakatata.Yoshisada Nitta was a famous samurai in the 14th century.南北朝時代、匂当内侍は後醍醐天皇の寵愛を受けて御所に仕えていた。 内侍は、ある月の夜、新田義貞と出会い...

雪の畑と比良山系と今堅田

高架下をくぐると、左手に雪化粧した畑と町。比良山系が見事な姿を見せていました。


雪の畑と今堅田

畑の野菜も雪の下。向こうにヤマダ電機の建物が見えているので、地元の方はだいたいの場所がお分かりだと思います。


道の駅びわ湖大橋米プラザ

道の駅びわ湖大橋米プラザに到着しました!


琵琶湖畔の雪の風景と琵琶湖大橋

米プラザからは琵琶湖大橋がよく見えます。


琵琶湖畔の雪の風景

米プラザの前に広がっていた、琵琶湖畔の風景です。


琵琶湖と葦と停泊中の船

琵琶湖と、ヨシ(葦)と、停泊中の船。


琵琶湖畔の幻想的な風景

琵琶湖畔の幻想的な風景。沖島の背後に、雪の伊吹山がきれいに見えていました。

左から、湖岸のヨシ原と木々、沖島(写真ほぼ中央)、近江八幡市の伊崎山、御所山~奥島山(津田山)~長命寺山です。

この後、米プラザの横にある階段から琵琶湖大橋を歩いて渡って、守山の菜の花畑まで行ってみました(次回・次々回掲載)。

◇撮影日:2017年1月18日(水)
◇撮影地:滋賀県大津市今堅田1丁目・2丁目
Katata inner lake,Lake Biwa and Imakatata town(Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

雪のち晴れ、琵琶湖畔の町の静かな風景(本堅田を撮る3)

神田神社前の地蔵堂で、外を見ていた猫

神田神社前の地蔵堂で、猫がひなたぼっこをしていました。
ここは滋賀県大津市本堅田。大津市北部に位置する、琵琶湖畔の町です。

神田神社本殿と飛行機雲

先週の水曜日、雪がやんで晴れた日に、本堅田(ほんかたた)を撮影してきました。
神田神社本殿の上には、飛行機雲。日差しがどこか春めいています。


本福寺の大きな屋根と雪化粧

本福寺さんの大きな屋根には、雪が残っていました。


湖族の郷資料館前

湖族の郷資料館前にて。浮御堂前バス停を降りると、目に飛び込んでくる風景です。


浮御堂の門と残雪

大雪の日には閉じていた、浮御堂の門。この日は開いていたので、一安心。


伊豆神社近くの常夜灯

伊豆神社近くの常夜灯。実は、↑この左後ろに、まだ2本あります。↓

伊豆神社近くの常夜灯

こちらが残り2本の常夜灯です。
背後に見える伊豆神社の掘割には、雪が残っています。


祥瑞寺の門と青空と雪

若き日の一休さんが修行した祥瑞寺です。「一休和尚修養地」の碑が左にあります。
門をくぐってみますね。


雪の日の祥瑞寺開山堂

祥瑞寺開山堂
祥瑞寺を開いた華叟和尚と、その弟子・一休の木造が安置されています。

↓春には開山堂の前でサンシュユ(山茱萸 Cornus officinalis)の花が咲きますよ!

堅田、桜と花と緑(17)・この時期しか撮れない風景 ~Honkatata/本堅田190
祥瑞寺の開山堂。祥瑞寺を開いた華叟和尚とその弟子・一休の木造が安置されています。黄色い花は、サンシュユ(山茱萸 Cornus officinalis)。なお、開山堂と本堂内部の見学には予約が必要ですが、境内は自由に入ることができます。植物の種類も多く、堅田で私の好きな場所のひとつです。堅田の写真(滋賀県大津市本堅...


雪の日の祥瑞寺本堂

祥瑞寺本堂
開山堂と本堂の見学は予約が必要ですが、境内は自由に入ることができます。


雪の日の祥瑞寺境内の石仏

祥瑞寺境内の石仏。
祥瑞寺は緑がいっぱいで、お庭も見事で、私の好きな場所のひとつです。


祥瑞寺の門と雪

雪の祥瑞寺を後にします。


雪の港橋と奥野椰子夫顕彰碑

堅田港近くの港橋(滋賀県大津市本堅田2丁目)。
奥野椰子夫顕彰碑(「琵琶湖哀歌」歌碑)があります。

奥野椰子夫(おくの やしお):滋賀県大津市本堅田出身。作詞家。
昭和22年に二葉あき子の歌で大ヒットした「夜のプラットホーム」のほか、「琵琶湖哀歌」の作詞を手がけた。


堅田港に続く水路と雪の積もった舟

堅田港に続く水路。漁師さんの漁船が停泊しています。
手前の建物は民家で、奥は水上警察(大津北警察署 堅田水上派出所)です。


堅田水上派出所と浮御堂

こちらが、大津北警察署 堅田水上派出所です。
そして一番奥に小さく見えているのが、浮御堂です!


琵琶湖のヨシ群落保全区域

堅田港付近は、琵琶湖のヨシ群落保全区域になっています。冬は水鳥の天国です。


雪景色の堅田内湖

雪景色の堅田内湖(かたたないこ)。
内湖とは琵琶湖と水路でつながっている淡水域のことで、滋賀県近江八幡市の西の湖(にしのこ)や、高島市の乙女が池が知られています。

この日は堅田内湖沿いに今堅田まで歩き、琵琶湖大橋を渡ってみることにしました。
今堅田⇒琵琶湖大橋⇒守山の菜の花畑(なぎさ公園)の予定で掲載します。
何とか1月中になぎさ公園までご紹介できればと思っております。次回に続きます。

 

◇撮影日:2017年1月18日(水)
◇撮影地:滋賀県大津市本堅田1丁目・2丁目
Lake Biwa and Honkatata town(Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

↓1月15日(大雪の日)に撮影した浮御堂周辺です。

琵琶湖畔と堅田:雪の日の浮御堂周辺(前編)
前回の続きです。大雪となった1月15日(日)の午前中に、堅田の浮御堂周辺を撮影してきました。曇天でしたが、白い屋根の浮御堂の姿を撮ることができました。実は翌16日(月)の朝にも、再び堅田駅へ寄ってみたのですが、昨日以上の吹雪と曇天だったので引き返しています。湖西線に乗ると、比叡山坂本駅あたりを境に、大...

琵琶湖の入り江から見た風景、雪の比叡山と比良山系(本堅田を撮る1)

雪に覆われたヨシ原の向こうに、琵琶湖と三上山

雪に覆われたヨシ原の向こうに、琵琶湖と三上山(近江富士)。

先週の大雪の後に撮った写真です。
2017年1月18日(水曜日)の午前中、琵琶湖畔の本堅田にて。


琵琶湖の小さな入り江に、大きな水鳥と三上山

琵琶湖の小さな入り江に、大きな水鳥の姿がありました。
対岸には三上山。大津ならではの風景です。


雪のやんだ後、おとせの浜と琵琶湖と三上山

おとせの浜にて、桜並木も太陽の光をいっぱいに浴びて輝いています。


おとせの浜と琵琶湖と雪の比叡山

おとせの浜から見た、雪の比叡山。
琵琶湖の中に見えるのは、刈った後のヨシ(葦)の株と、湖中から生えているヨシです。


堅田なぎさ園のロウバイの花

堅田なぎさ園の片隅で、ロウバイの花が咲いていました。


琵琶湖の入り江と、雪の比良山系

先ほどの小さな入り江からは、雪に覆われた比良山系の姿が!

こういった風景をお届けしたいから、私は写真を撮り続けています。
琵琶湖畔の町・本堅田にて、いつまでも残っていて欲しい、静かな1月の風景です。

 

◇撮影日:2017年1月18日(水)
◇撮影地:滋賀県大津市本堅田1丁目
Lake Biwa and Honkatata town(Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

本堅田、琵琶湖畔の静かなお正月の風景

前回は1月1日に撮影した今堅田の風景を掲載しましたが、本堅田もちゃんと撮影してきましたよー!というわけで、引き続き、お正月の本堅田を一挙掲載します。

ちなみに当ブログは12月27日に開設9周年となり、記念として、4回連続で、年末の本堅田をご紹介しました。

今回はそのときご紹介できなかった場所と、新年ならではの本堅田の風景を掲載します。まずは、浮御堂北湖岸の穏やかな新春の風景からどうぞ。

湖岸沿いに遊歩道が続いていて、浮御堂北湖岸から十六夜公園・堅田港まで歩くことができます。

冬場はユリカモメの天国で、湖上に白く浮かんでいる大群がユリカモメです。

十六夜公園周辺は、こちらでご紹介していますので、あわせてどうぞ↓

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景2(十六夜公園から浮御堂周辺)
当ブログは12月27日に開設9周年となりました。12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けする予定です。2回目の今回は、浮御堂周辺の隠れた名所をご紹介します。冒頭の写真は、堅田港の対岸で咲いていた小さなお花です。▼前回はこちら琵琶湖畔の十六夜公園。公園の名前は、松尾芭蕉が十六夜の日に堅...

十六夜公園の対岸が堅田港です。漁師さんの漁船などが停泊しています。左の大きな建物は、大津北警察署堅田水上派出所です。

堅田港と琵琶湖と三上山

堅田港。こちらには臨時の観光船などが停泊します。対岸に三上山(近江富士)が見えていますね。対岸に三上山が見えるのは、堅田ならではの風景です。


堅田に多いのが、お地蔵さんと地蔵堂です。

かつてこの辺りは琵琶湖でした。堅田内湖と琵琶湖にはさまれた本堅田と今堅田の地域では、かつての水辺のなごり(守護神)として、地蔵堂が残っていると考えられています。

堅田港周辺は路地の多い場所です。琵琶湖に続く路地が至るところで見られます。


お正月の伊豆神社。ご近所の方がたくさん初詣に来ておられました。

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景3(おとせの浜~伊豆神社の幸福の石~本福寺)
当ブログは12月27日に開設9周年となりました!12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けします。今回はその3回目。琵琶湖畔の風景と、その周辺の「石」にまつわる名所をご紹介します。写真は、琵琶湖畔の「おとせの浜」です。防波堤の向こうは入り江、背後は比叡山。右手前に、岩のように見えるのは...

伊豆神社から本福寺、光徳寺へ続く路地です。本福寺は年末にご紹介したので、今回は光徳寺の方向へ行ってみますね。

光徳寺。殉教者・堅田源兵衛の首で知られるお寺です。

前回今堅田のところで書きましたが、浄土真宗中興の祖である蓮如は、比叡山延暦寺から迫害を受け、堅田に滞在した時期があります。堅田は町を挙げて延暦寺と戦って負け(堅田大責)、蓮如は越前に向かうことになりました。

実はそのとき宗祖である親鸞の木像を三井寺に預けたのですが、後年三井寺から人の首を二つ差し出すなら返そうと言われます。堅田の漁師源兵衛は、蓮如を助けるために自分の首を父親に討たせます。

源兵衛の父親は息子の首を三井寺に持って行き、自分の首もはねてくれと言い、三井寺は親鸞の木像を返したという話が残っています。

浮御堂周辺5・堅田源兵衛の首(光徳寺) ~Honkatata/本堅田 164
前回、蓮如が越前吉崎へと逃れた話を書きました。そのとき蓮如は、三井寺(滋賀県大津市)に親鸞の御真影(ごしんねい・親鸞の木像のこと)を預けていったのです。文明十二年(1480)、三井寺に赴いたところ、人の生首を二つ並べるなら返そうと言われ、蓮如は困り果てました。ここ堅田の光徳寺の門徒であった漁師の源兵...

驚くべきことに、堅田源兵衛の伝承は、実は大津市内のほかのお寺にもありまして・・・小関町の等正寺、三井寺町の両願寺です。

『滋賀県の歴史散歩』(山川出版社)を見ると等正寺だけ載っていて、「同じ人間の首がなぜ3つもあるのかは謎である(両願寺は現在非公開) 」とのこと。

私は源兵衛さんの故郷である光徳寺だといいな、救われるのに、と思っていますが、どちらにしろ悲しいお話ですよね。

実は2011年の3月に、光徳寺のご住職から源兵衛さんの首を見せていただいたことがあります。どくろ、それも小さな部類に入ると思われる、愛らしいものでした。

逢坂越7(小関越と堅田源兵衛の伝承)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(13)
桜の名所、長等公園。春はハイカーや家族連れがたくさん訪れる。小関越道標にも近い。(2013年4月4日撮影)北国街道(西近江路)から分かれて藤尾で東海道に合流する約5kmの道が、小関越である。かつては東海道の間道として利用されてきた。芭蕉が初めて大津に入ったときの道でもある。長等神社と長等公園を結ぶ車道の途...

 

前回、松尾芭蕉の句碑があるとご紹介した祥瑞寺です。新年の装いをご紹介します。


堅田漁港の芭蕉句碑

こちらが前回ご紹介できなかった、堅田漁港の芭蕉句碑です。
入り口のすぐ右側に句碑があります。

「海士の屋は小海老にまじるいとど哉」(芭蕉)

堅田漁港と漁協会館。↓こちらでも三上山が見えていますね。


堅田漁港の前にある福聚院(福聚禅院)。お庭が見事です。

↓堅田漁港周辺は、堅田内湖の風景がおすすめです。

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景1(堅田内湖周辺と堅田漁港)
当ブログは本日開設9周年となりました!2006年のお正月に浮御堂を訪ねたのがきっかけで、時々堅田に来て写真を撮っていました。約2年後の2007年12月27日に、日めくりカレンダーのように写真を載せて始まったのがこのブログです。なかなか堅田に来ることができない時期もありますが、現在も湖西線に乗って草津から通って...

↓映画ロケ地となった自転車屋さんのほか、神田神社、堅田教会などを掲載。

琵琶湖畔の本堅田にて、年末の風景4(湖族の郷資料館~神田神社~商店街~堅田教会)
当ブログは12月27日に開設9周年となりました!12月25日に本堅田を歩いて撮影した様子を、4回にわたってお届けします。最終回の今回は、湖族の郷資料館周辺と、商店街に出て堅田教会までの風景です。この冬公開映画のロケ地となった、あの自転車屋さんも登場します!湖族の郷資料館は、二階建ての町屋をそのまま活かした...

撮影日:2017年1月1日
撮影地:滋賀県大津市本堅田2丁目、本堅田1丁目
Lake Biwa and Honkatata town(Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

今堅田、琵琶湖畔の静かなお正月の風景

雪の琵琶湖とヨシ原

琵琶湖のヨシ原の向こうに、雪の比良山系が見えています。
ここは琵琶湖畔の町・滋賀県大津市今堅田。

今堅田は、中世より造船の町として栄えました。
現在は、琵琶湖大橋の西側の町として知られます。

琵琶湖とヨシ原と琵琶湖大橋


琵琶湖とヨシ原と琵琶湖大橋

造船所跡の鉄柱の向こうに、琵琶湖大橋。
この柱は船を進水させるときに使われた柱だそうです。
まるで前衛芸術みたいでしょう?

琵琶湖大橋を望む造船所跡の鉄柱


杢兵衛造船所と船

今堅田の杢兵衛造船所。琵琶湖に面した老舗の造船所です。
修理中の船が見えていますね。

水路をはさんで出島灯台があります。


琵琶湖と出島灯台

今堅田の出島灯台(でけじまとうだい)。
琵琶湖に面した木造の灯台で、明治時代に作られました。現役の灯台です。


泉福寺本堂

今堅田の泉福寺。堅田は、親鸞の直系である蓮如と縁の深い土地です。

蓮如は比叡山延暦寺から仏敵と迫害され、京都の本願寺を離れて堅田に滞在した時期があります(1465年~)。本堅田の本福寺が後ろ盾になって蓮如を支えました。(ゆえに本福寺は本願寺旧跡とも呼ばれます。)

蓮如を匿ったことで、堅田は延暦寺の衆徒によって焼き討ちされますが、町を挙げて蓮如を守り抜きました。(1468年、堅田大責(かたたおおぜめ)と呼ばれる歴史上の事件です。)

この年、蓮如は堅田をあきらめ北陸へと向かうことになります。堅田の人たちは琵琶湖の沖島に逃げ、数年後に延暦寺と和解して再び堅田に戻ってきます。そして蓮如に対する深い信仰が、この地に残されました。

※堅田大責については、黒幕が室町幕府だったり色々と興味深い話があります。

蓮如を匿ったことで焼き討ちに遭った堅田の町 (滋賀県大津市) 【後編】 ~Honka...
京都を追われた蓮如が本拠地としたのが、本堅田の本福寺。その境内にある蔵の前で撮影しました。以下、前回の「堅田と蓮如の話」の続きです。蓮如を匿う堅田の町を、比叡山延暦寺が焼き討ちする事態に発展します。これが、1468年の「堅田大責」(かたたおおぜめ)と呼ばれる歴史上の事件です。 http://ja.wikipedia.org/...

泉福寺の蓮如上人像と毛糸の帽子

泉福寺の蓮如上人像。
冬に見かけるときは、いつも毛糸の帽子を被っている素敵な蓮如さんです。

↓こちらは2010年撮影時。帽子の色が違います。さて、何色でしょう?

蓮如上人と、毛糸の帽子 ~Imakatata/今堅田 086
蓮如上人像の"頭"が気になって近づいたら・・・。 ( 写真を御覧下さい )「蓮如さん、お寒いやろうね。これでもかぶって。」そんな風に想像したら、昔話の"かさこ地蔵"の物語を思いだしました。毛糸の色が合っていて、すごくいいですね。今堅田(いまかたた)の町には、きっと優しい人が住んでいる...

今堅田の造船所跡から見た出島灯台と三上山

今堅田の造船所跡から見た、出島灯台と三上山。


地蔵堂の中に鏡餅のお供え

地蔵堂の中には鏡餅のお供え。暮らしている人の人柄が偲ばれます。


海蔵寺近くのお地蔵さん

海蔵寺近くのお地蔵さん。
道路のかたわらに、数え切れないくらいのお地蔵さんがまつられています。
いつ来ても、色とりどりの前掛けと、たくさんのお花。見ていてうれしくなります。

今堅田。琵琶湖畔の町の、静かなお正月の風景です。

 

↓今堅田について

出島灯台と今堅田の寺社(伊豆神田神社・海蔵寺・泉福寺・野神神社)
琵琶湖大橋の大津側に位置するのが、今堅田(滋賀県大津市今堅田)です。琵琶湖と堅田内湖にはさまれた今堅田1丁目は中世から造船業の町として栄え、水辺に美しい町並みと杢兵衛造船所があります。1枚目は内湖、2枚目以降は琵琶湖畔で撮影。(※3枚目以降の写真で、発表年の記載の無いものは2017年1月1日に撮影し、1月14日...

撮影日:2017年1月1日
撮影地:滋賀県大津市今堅田1丁目(琵琶湖畔)
Lake Biwa,Biwako Ohashi Bridge and Imakatata town(Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

日吉大社の奥宮(八王子山)から、朝日が昇ったばかりの琵琶湖と大津を撮影(琵琶湖大橋と堅田方面)

今年は元旦からお天気がよくて、気持ちのいい穏やかな日が続いていますね。
この風景のように、穏やかで平和な年になりますようにと願う、年初めです。
皆様いかがお過ごしですか。

 

2017年1月1日は、朝からちょっとした山登りをしました。

きっかけは、昨年12月初めに、日吉大社の奥宮(八王子山)から比叡山へ登ったことです。そのとき八王子山へ向かう道の途中で、琵琶湖大橋が見える場所を見つけました。

次に来る時は、ここから初日の出と堅田を撮ろうと思っていたので、皆様にご紹介できてよかったです(^^)

 

琵琶湖大橋のたもと(手前側)が、滋賀県大津市今堅田です。
奥に見えるのは琵琶湖の沖島、右は近江八幡の長命寺山付近です。

前回まで年末の本堅田をご紹介してきたので、次回は、今堅田の静かなお正月の風景を掲載しますね。

堅田はどこから見ても美しいなー。


撮影地:滋賀県大津市坂本本町(日吉大社の奥宮(八王子山)の山道途中)
Lake Biwa,Biwako Ohashi Bridge and Otsu city(Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)