伊吹の荒ぶる神8(北国脇往還1:関ケ原から藤川の里を訪ねる、上平寺に寄り道して春照へ)~近江山河抄の舞台を歩く(72)

ある時私は、関ケ原から遡って、藤川の集落を訪ねたことがある。一条兼良はしばらくこの辺に滞在し、『藤川記』という書を残したが、定家も若い頃いたと伝えられ、彼が住んだという旧家も残っている。 ・・・ 藤川から伊吹の山麓を通っ...

伊吹山麓の道、北国脇往還を歩く~花と水辺の風景1(関ケ原の栗の木⇒米原市春照のヒガンバナ)

滋賀から岐阜にかけて、北国脇往還と呼ばれる脇街道があります。 北国街道から中山道への近道で、木之本(滋賀)から関ケ原(岐阜)までの30数キロの道です。 近江(滋賀県)から関ケ原へ抜ける近道として、江戸時代に参勤交代に利用...

伊吹の荒ぶる神7(中山道・柏原宿から関ケ原へ~柏原から寝物語の里、今須宿、不破の関跡を歩く<後編>)~近江山河抄の舞台を歩く(69)

妙応寺は、美濃国今須領主の長江重景が、母(妙応)の菩提を弔うため建てた寺である。 正平15年(1360)の創建で、岐阜県下最古の曹洞宗寺院といわれている。 現在は参道の上を国道と東海道本線が走っており、旧中山道から寺を見...

伊吹の荒ぶる神6(中山道・柏原宿から関ケ原へ~柏原から寝物語の里、今須宿、不破の関跡を歩く<前編>)~近江山河抄の舞台を歩く(68)

伊吹山の麓の柏原(かしわばら・滋賀県米原市)は、岐阜の関ケ原と8km程しか離れていない。江戸時代、中山道・柏原宿の名物といえば「伊吹もぐさ」だった。 江戸時代の柏原宿には、最盛期に10軒のもぐさ屋があったといわれている。...