水口曳山祭と城下町水口(滋賀県甲賀市水口町)

勇壮な曳山と水口ばやしが見事な「水口曳山祭」を撮影してきました。

水口(みなくち)は東海道五十三次の50番目の宿場町で、もともとは豊臣秀吉の命によって水口岡山城が築かれたことにより発展した城下町です。2017年2月9日には水口岡山城跡が国の史跡に指定されました。

町の中心部には、水口を開拓したとされる神様(大水口宿禰/おおみなくちのすくね)を祀る水口神社があります。その水口神社の祭礼が「水口曳山祭」です。

水口祭に曳山が登場したのは、江戸時代中期の1735年(享保20年)でした。当時は9基の曳山が巡行し、最盛期には30基余りの曳山があったそうです。現在は16基が各町内で保有されているとのことです。(数字は甲賀市観光協会のパンフレットによる)

それでは、2017年の祭礼で巡行した7基すべてをご紹介します。町ごとに違うはっぴと、「ダシ」と呼ばれる飾り物にご注目下さい。


池田町(いけだまち)・ダシは「一寸法師」


米屋町(こめやまち)・ダシは「大黒天」


河内町(かわちまち)・ダシは「おんな城主直虎」(井伊直虎)


東町(ひがしまち)・ダシは「生誕450周年 伊達政宗公」

政宗公のダシが見えづらかったので、馬に乗っている姿の写った写真を、もう一枚掲載しておきます。↓右から2番目の曳山になります。


作坂町(つくりざかちょう)・ダシは「次郎法師」(井伊直虎)


平町(ひらまち)・ダシは「鏡獅子」

お気づきの方もおられると思いますが、水口祭では、男女年齢問わず曳山に乗ったり、そろいのはっぴで曳山を曳いています。とても素敵なことだと思います。

水口祭では女性のカメラマンを結構見かけて、なんだか嬉しかったです。祭りにお子さんが出ていたら、そのお母さんたちが一眼レフカメラを持って一生懸命撮影されてますし、女性が参加するお祭りも増えてきたし、少しずつ変化してきていますね。

10年近く前になりますが、私が初めて祭りの撮影に行ったときはホントに男の人ばかりで(女性は普段着で裏方におられるので)、何か場違いなところに迷い込んだような、自分はいっそ男だったら気楽だったなと感じることが、正直言って何度かありました。

たとえば、初めて行った場所で、初対面の女性(知人の身内だが面識はなかった人)から「一番若いあなたに神主さんのお酌をして欲しい」と突然言われたり。

知らない男性カメラマンから「女はひいきされているに違いない」(???)と言われて、撮影中に手をつねられたこともありました。

 

女性が撮影しているのが珍しかったり、どう関わっていいのか分からなかった部分はあったとは思います。暴力に出る人は論外ですが、私もコミュニケーションを試行錯誤しながら、心の中で何かひっかかることがあれば丁重にお断りしつつやってきました。

お祭りは一回きりの現場が多かったからそれで済んだけれど、相談できる人がほとんどいなかったのは、別の意味でしんどかったです。

何かをするときに「私は女です」と思いながら作業するわけではないので、突然性別を付き付けられても・・・困ってしまうわけです。海外で否応なく日本人だと意識するのと、どこか似ています。その戸惑いを共有できる相手というのは、私の場合、身近にいる人生の先輩である母だけでした。

 

仕方ないので、私は心の中で、ハリーポッターやドラえもんに出てくるような「透明マント」を自分に着せて(つまり、自分を女でも男でもなく中性の存在だと言い聞かせるようなものです)、ふんばるような気持ちで、撮影の事だけを考えて撮影してました。

だから祭りの撮影のコツを聞かれたとき、「無心で撮りました」という精神論みたいになってしまいがちなのだけれど、それだけでもないよね、と一人で自分に尋ねてみたりするわけです。

大切な人や故郷の風景は、きれいに撮っておきたい。その思いがあったから、私はやってこれたのかな。けれど、大切なものをきれいに撮りたい気持ちは、きっと皆さん同じだろうと思います。ものすごくシンプルなことなんだけど、原点として意識しています。

だからもし、祭りを撮影するコツみたいなものがあるなら、まず相手を好きになる、相手をよく見る、シンプルな構図でとらえる、それとオートフォーカスの早いレンズを使うといいですよ。

お祭りとストロボについては、こちらの本が参考になります。話が長くなりました。

 


大池町(おいけまち)の曳山が方向転換する様子

近くで見ていて、ものすごい迫力でした。ちなみに大池町のダシは「アンパンマン」です。


神輿の巡行

午後からは神輿の巡行が行われました。写真は神輿の前に集まる少女たちです。
薄絹のような桃色の衣装がとてもきれいでした。


神主さんによるお払いが終わると、神輿は成人男性によって運び出されていきました。


神輿は水口神社の境内を数周した後、松並木の美しい参道へと向かいました。

水口神社の参道は、松並木と曳山の蔵が美しい、素敵な場所です。2013年に『近江山河抄の舞台を歩く』の一環で、東海道水口のイメージとして撮影させていただいています。

こうして神輿は水口町内巡行へと向かったのでした。


撮影当日の水口神社本殿です。門を入ったところで振り向くと、祭に合わせたかのように淡い色の桜が咲いていました。本殿を出るとこんな感じです↓



こちらは2013年5月に撮影した、誰もいない水口神社です。お祭りの日に写すと一般の方のお顔が写ってしまうので、こちらの写真でご紹介しておきますね。(これでようやく実際の季節に追いつきました!)


引き続き、城下町・水口をご紹介します。


水口には、城下町特有の枝分かれした道が見られます。水口石橋駅のすぐそばに三叉路がありまして、そのうちの2本の道を写した写真です。写真左奥に見えている山が、水口岡山城跡のある古城山です。

地元の方に伺ったところ、水口岡山城跡へは、水口小学校の裏から上れて、駐車場もあるとのことです。電車の場合は近江鉄道水口駅が最寄り駅です。水口石橋駅からも歩けます。この辺の話があまり紹介されていなかったので、何かの参考になればと書いておきました。

水口城。別名・碧水城(へきすいじょう)と呼ばれます。
水口城は、江戸幕府の3代将軍・徳川家光が上洛の際の宿館として築城されました。その後水ロ藩2万5千石の居城となり、現在は水口城資料館となっています。

実は水口城を避けるために、東海道が迂回しています。水口祭のときは、藩主や藩士に見せるために城内に曳山が引き入れられたそうですよ。以上の4枚は、2017年3月に甲賀市観光協会の方とボランティアガイドさんのご案内で回った際に、撮影したものです。

さて、水口といえば、これから大池寺のサツキの季節を迎えますね。下記は2013年に水口を回った時に撮影した写真です。

近江路1(東海道水口と大池寺)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(25)

付記:お時間あれば見ていただきたいのが、幻の一品と言われる「水口細工」です。水口の有志の皆さんが10年かけて復活させました。昔からの水口細工は、水口神社隣にある水口歴史民俗資料館で実物を見ることができますが、このたびGoogle Arts & Cultureで写真が公開されました!分かりやすい解説付きです。

水口細工-Google Arts & Culture

 

◆撮影日:2017年4月20日(水口祭)・2017年3月末(水口石橋周辺)・2013年5月(水口神社境内)

◆水口神社アクセス:JR貴生川駅より近江鉄道乗り換え、水口城南(みなくちじょうなん)駅下車、徒歩数分(水口公園隣)

◆水口曳山祭日程◆4月19日(宵宮祭)◆4月20日(例大祭):10時~曳山各町巡行、11時~12時過ぎ・曳山が水口神社へ、13時~祭礼、14時~子供神輿・成人男性による神輿

※2017年4月現在の情報です。

 

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