今堅田、琵琶湖畔の静かなお正月の風景

雪の琵琶湖とヨシ原

琵琶湖のヨシ原の向こうに、雪の比良山系が見えています。
ここは琵琶湖畔の町・滋賀県大津市今堅田。

今堅田は、中世より造船の町として栄えました。
現在は、琵琶湖大橋の西側の町として知られます。

琵琶湖とヨシ原と琵琶湖大橋


琵琶湖とヨシ原と琵琶湖大橋

造船所跡の鉄柱の向こうに、琵琶湖大橋。
この柱は船を進水させるときに使われた柱だそうです。
まるで前衛芸術みたいでしょう?

琵琶湖大橋を望む造船所跡の鉄柱


杢兵衛造船所と船

今堅田の杢兵衛造船所。琵琶湖に面した老舗の造船所です。
修理中の船が見えていますね。

水路をはさんで出島灯台があります。


琵琶湖と出島灯台

今堅田の出島灯台(でけじまとうだい)。
琵琶湖に面した木造の灯台で、明治時代に作られました。現役の灯台です。


泉福寺本堂

今堅田の泉福寺。堅田は、親鸞の直系である蓮如と縁の深い土地です。

蓮如は比叡山延暦寺から仏敵と迫害され、京都の本願寺を離れて堅田に滞在した時期があります(1465年~)。本堅田の本福寺が後ろ盾になって蓮如を支えました。(ゆえに本福寺は本願寺旧跡とも呼ばれます。)

蓮如を匿ったことで、堅田は延暦寺の衆徒によって焼き討ちされますが、町を挙げて蓮如を守り抜きました。(1468年、堅田大責(かたたおおぜめ)と呼ばれる歴史上の事件です。)

この年、蓮如は堅田をあきらめ北陸へと向かうことになります。堅田の人たちは琵琶湖の沖島に逃げ、数年後に延暦寺と和解して再び堅田に戻ってきます。そして蓮如に対する深い信仰が、この地に残されました。

※堅田大責については、黒幕が室町幕府だったり色々と興味深い話があります。

蓮如を匿ったことで焼き討ちに遭った堅田の町 (滋賀県大津市) 【後編】 ~Honka...
京都を追われた蓮如が本拠地としたのが、本堅田の本福寺。その境内にある蔵の前で撮影しました。以下、前回の「堅田と蓮如の話」の続きです。蓮如を匿う堅田の町を、比叡山延暦寺が焼き討ちする事態に発展します。これが、1468年の「堅田大責」(かたたおおぜめ)と呼ばれる歴史上の事件です。 http://ja.wikipedia.org/...

泉福寺の蓮如上人像と毛糸の帽子

泉福寺の蓮如上人像。
冬に見かけるときは、いつも毛糸の帽子を被っている素敵な蓮如さんです。

↓こちらは2010年撮影時。帽子の色が違います。さて、何色でしょう?

蓮如上人と、毛糸の帽子 ~Imakatata/今堅田 086
蓮如上人像の"頭"が気になって近づいたら・・・。 ( 写真を御覧下さい )「蓮如さん、お寒いやろうね。これでもかぶって。」そんな風に想像したら、昔話の"かさこ地蔵"の物語を思いだしました。毛糸の色が合っていて、すごくいいですね。今堅田(いまかたた)の町には、きっと優しい人が住んでいる...

今堅田の造船所跡から見た出島灯台と三上山

今堅田の造船所跡から見た、出島灯台と三上山。


地蔵堂の中に鏡餅のお供え

地蔵堂の中には鏡餅のお供え。暮らしている人の人柄が偲ばれます。


海蔵寺近くのお地蔵さん

海蔵寺近くのお地蔵さん。
道路のかたわらに、数え切れないくらいのお地蔵さんがまつられています。
いつ来ても、色とりどりの前掛けと、たくさんのお花。見ていてうれしくなります。

今堅田。琵琶湖畔の町の、静かなお正月の風景です。

 

↓今堅田について

出島灯台と今堅田の寺社(伊豆神田神社・海蔵寺・泉福寺・野神神社)
琵琶湖大橋の大津側に位置するのが、今堅田(滋賀県大津市今堅田)です。琵琶湖と堅田内湖にはさまれた今堅田1丁目は中世から造船業の町として栄え、水辺に美しい町並みと杢兵衛造船所があります。1枚目は内湖、2枚目以降は琵琶湖畔で撮影。(※3枚目以降の写真で、発表年の記載の無いものは2017年1月1日に撮影し、1月14日...

撮影日:2017年1月1日
撮影地:滋賀県大津市今堅田1丁目(琵琶湖畔)
Lake Biwa,Biwako Ohashi Bridge and Imakatata town(Otsu,Shiga,Japan).

Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)

 

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