【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真(3)】 滋賀・堅田町内巡行編3 堅田本町通りから大道町まで(2016/5/14撮影) #滋賀 #shiga #Japan #photography

堅田本町通り商店街を行く、献撰供御人行列の様子です(滋賀県大津市本堅田2丁目)。

2016年5月14日。滋賀堅田から下鴨神社へ、葵祭のためのフナとフナ寿司を奉納する献饌供御人行列に同行撮影させていただきました。(地元の方のご協力で、同行撮影は2009年より毎年続けています。)

堅田(神田神社)は平安時代(1090年)に下鴨神社の御厨(みくりや)となり、湖魚を奉納してきた歴史があります。この歴史を後世にも伝えようと、1990年より献饌供御人行列が行われています。1994年からは堅田町内だけでなく下鴨神社へも巡行する現在のスタイルとなり、現在は葵祭の公式行事となっています。

※葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真を6回に分けて掲載しています。枚数が多いのと、レイアウト上時系列に沿って掲載したかったため、6回目(最終回)からさかのぼって約15枚ずつ掲載しています。

堅田に多い地蔵堂の前にて。緑色の張り紙は、供御人行列のポスターでした!

もうすぐ八百屋さんの前。

バス通りに入りました。落ち着いた町並みが続きます。

こちらも地蔵堂の前。堅田に地蔵堂が多いのは、一説にかつて堅田内湖のほとりにあった地蔵堂が、江戸時代以降も残っているのではないかという話です。堅田は琵琶湖畔の漁師町でもあるので、お地蔵さんはいわば水辺の守り神でした。

読売新聞さんの販売所の角を曲がり、浮御堂方面へ。

妙盛寺さん(左)と、燃料店さん(奥)、米屋さん(右)の前にて。

このあたりから町屋が残る界隈(大道町)に入ります。

この10年で景色はだいぶ変わりました。この2,3年、新しい家や駐車場が増えました。

この先の湖族の郷資料館の前で、町内巡行は終わりです。堅田から貸切バスに乗り、バスで京都大原を越えて、下鴨神社へと向かいます。

※下鴨神社巡行の様子は、第4回~6回(最終回)をご覧ください。
Copyright(c)Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)


Photograph of Kensen Kugonin Gyoretsu procession 2016 in Shimogamo shrine, Kyoto,Japan.
In the second half in the 11th century (Heian era last years) ,Katata was a territory in Shimogamo Shrine in Kyoto, and “Mikuriya” was put under Kanda Shrine, and the obligation to which an attendant table to Kamonoyashiro and seafood for an attendant festival are presented was carried.As the reward, Katata got every rights and interests from fishery or the service of Lake Biwa and built the greatest town around Lake Biwa in the Middle Ages.Every year, “Kensen Kugonin Gyoretsu” procession which leaves the Kanda Shrine and sends crucian carps to Shimogamo Shrine is performed gracefully with the traditional ritual on May 14,the day before Aoi Festival of Kyoto.


◆堅田からの参加者の皆さまに、写真プリントのご案内とお願いです。

本堅田1丁目の「湖族の郷資料館」で、集合写真等のプリントを、実費でお申し込みできます。

私は草津からボランティアで撮影に伺っており、集合写真と個人写真のデータは毎年、主催者様にお渡ししています。ご不明な点がありましたら主催者様にご相談いただければ幸いです。

例年、湖族の郷資料館では昨年度以前の写真も申し込めるようになっています。
お問い合わせは、湖族の郷資料館(電話077-574-1685)までお願いいたします。