しばらく衣川特集です!(滋賀県大津市衣川)

衣川地区の田んぼと三上山

このブログは、2007年に、琵琶湖畔の町・堅田の写真を掲載したことから始まったブログです。堅田は滋賀県大津市北部に位置するまちで、南北に西近江路(北国海道)、西は京都の大原で、東は琵琶湖、しかも琵琶湖の最狭部(幅が最も狭いところ)にあるため、古くから交通の要所でした。

堅田の南西に広がるのが、衣川(きぬがわ)という地区です。近世には西近江路の宿駅(衣川宿)が置かれたところで、近江国(滋賀)大津から高島を経て、越前国(福井)へと、古来から多くの往来がありました。

衣川と堅田との地理的・歴史的な結びつきは強く、堅田を調べていると一緒に出てくることが多い地区でもあります。江戸時代に堅田藩が置かれたときも、衣川村は本堅田村とともに堅田藩の領地となりました。

そういえば、先月研究者の方から聞いた話の中に、「江戸時代に松平春嶽(第16代越前福井藩主)の一行が衣川宿に泊まったが、行列の人数が多すぎて、春嶽は本堅田の本福寺に急遽宿を求めたという記録が残っている」という話がありました。

先日の当ブログでは、堅田駅から30分程歩いたところにある「梅宮神社」をご紹介しました。2月21日に衣川を歩き、まだまだご紹介していない素敵な風景があるなと実感しています。これまで衣川天満宮天神川緑地鞍掛神社などをご紹介してきましたが、今回改めて衣川を特集することにしました。

しばらく衣川特集です!(滋賀県大津市衣川)

◆掲載済み
梅の花と、大津市衣川の梅宮神社(後編)(2016/2/21撮影)
梅の花と、大津市衣川の梅宮神社(前編)(2016/2/21撮影)

◆バックナンバーにて掲載済み
鞍掛神社(天智天皇の子、大友皇子が最期を迎えた場所という伝承が残る地)
衣川天満宮
天神川緑地
堅田駅北側(山の手)の再開発-2015年と2009年秋の写真とともに
江戸時代の堅田と堅田藩、大庄屋と居初氏について(後編)(滋賀郡衣川村)

◆次回以降予定(掲載随時・順不同)
鞍掛神社と梅の花(2016/2/21撮影)
衣川城跡/衣川のお地蔵さんと鞍掛神社の伝承
JRの見える風景(衣川台から)⇒貨物列車「レッドサンダー」、早春のJR湖西線を走る

稲荷神社とJR湖西線、三上山の見える風景
国指定史跡「衣川廃寺跡」
幻の龍瑞寺(堅田藩主堀田正高の祈願寺)

北国海道道標と榎(衣川1丁目~本堅田5丁目)⇒坂本に残る「衣川北国道」の道標~北国海道と衣川の話

西羅古墳

明神橋から見た堅田駅方面・再開発の様子⇒堅田駅西口(山の手)の再開発、進む-2016年4月(2009年、2015年の写真とともに)

Copyright(c) Jun Kanematsu/junphotoworks.com(兼松純写真事務所)