安曇河御厨(あどがわのみくりや)と供祭人(ぐさいにん)

以前、滋賀県高島市安曇川町在住の方から、安曇川にも「御厨」(みくりや)があり、神社に魚を奉納する「献饌」を行っていたと伺ったことがありました。今回改めて調べてみたところ、非常に興味深い話が見つかりました。

琵琶湖畔の堅田は、平安時代に京都の下鴨神社の「御厨」(みくりや)として”琵琶湖の鮒(ふな)”を奉納していた歴史があります。

なんと、堅田が下鴨神社の御厨になったのと同じ1090年に、安曇川の北船木は「上賀茂神社」の御厨となり、献饌をおこなっていたというのです。(安曇川(高島市観光情報)

御厨 みくりや
古代,中世の神社の荘園である神領。厨とは元来台所で,神に供える神饌調理の屋舎をいったが,のちその材料を供給する土地を称した
コトバンク:御厨(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)

神主さんと
堅田の場合は、魚を奉納する人々を「供御人」(くごにん)と呼びますが、安曇川では「供祭人」(ぐさいにん)と呼ぶそうです。

堅田では、毎年5月14日(葵祭の前日)に京都の下鴨神社で琵琶湖の鮒(ふな)を奉納する「献饌供御人行列」(けんせんくごにんぎょうれつ)が行われています。

他方、上賀茂神社では毎年10月1日に「安曇川献進祭」(あどがわけんしんさい)を行っておられます!(詳細は上賀茂神社のホームページをご参照下さい)
安曇川献進祭の写真は上賀茂神社のfacebookに掲載されています。

▼まとめ:堅田と安曇川の御厨

◎共通点
・賀茂神社(上賀茂・下鴨両社)と延暦寺の荘園だった

・琵琶湖岸の御厨となる(ともに1090年)
・漁業特権を与えられていた
・湖上交通の要所で、延暦寺の湖上関が置かれた(堅田関・船木関)

○堅田(滋賀県大津市本堅田)
・下鴨神社の御厨
・供御人(くごにん)・・・下鴨神社に湖魚を奉納する人
・献饌供御人行列(毎年5/14@本堅田&下鴨神社)、フナとフナ寿司を奉納

○安曇川(滋賀県高島市安曇川町北船木)
・上賀茂神社の御厨
・供祭人(ぐさいにん)・・・上賀茂神社に湖魚を奉納する人
・安曇川献進祭(毎年10/1@上賀茂神社)、「アメノウオ」を奉納
※葵祭(毎年5/15)には、氷と塩でしめたアユを干した「干しアユ」を上賀茂神社へ奉納されているそうです。(参照:安曇川やな漁・高島市安曇川町~その1

【供祭人】
…山城(京都府)の賀茂神社(上賀茂・下鴨両社)が各地に領有した御厨(みくりや)の住民で,漁猟に従事し,供祭物(神前への供物)としての魚類の貢進を任とした人々。1090年(寛治4)白河上皇が賀茂両社にそれぞれ不輸田600余町を寄進するとともに,御厨を諸国に分置したが,それ以前からのものも含め,両社は琵琶湖岸や瀬戸内海周辺に多くの御厨を領有した。上社の近江安曇河(あどがわ)御厨では,寛治の寄進以後同社神人(じにん)となった52人について,人別に3町の公田を引き募って神田とし,贄(にえ)を貢進させたと伝え,その数年前に下社が社領とした摂津の長洲御厨の場合は,以来〈海中の網人を招き寄せ,河漁にたずさわる輩を語らい寄せて,数百家をいざないすえ,供祭人となした〉といわれる。…

【船木荘】
…彼らは11世紀末には賀茂社の供祭人としての身分を得,安曇川流域や琵琶湖での漁労特権を保証された。この供祭人に与えられた雑免田(ぞうめんでん)を中心に成立したのが賀茂社領安曇川御厨(あどがわのみくりや)である。船木浜(北浜,中浜等々)には南北朝末期には延暦寺の管理する船木関が置かれ,琵琶湖を通行する船から関銭を徴収した。…
コトバンク(世界大百科事典内の安曇川(河)御厨の言及)

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4件のコメント

  1. こんばんは。すてきな写真と文章に魅せられて、何度かあなたのHPを拝見させていただいております。
    私の曽祖父は「九里」といい、ルーツを調べております。
    直接の先祖かどうかはわかりませんが、九里員秀は船木荘の代官も務めたことがあります。
    ブログ「九里を探して」にリンクさせていただいてもよろしいでしょうか?
    また、こちらのページを参考にさせて頂いてもよいでしょうか?
    私は現在北海道におり、近江も一度訪れたことがあるのみです。
    ココの写真が、まるでその土地に立っているかの如くに感じられて、とても好きです!

    もしも、大津の唐崎合戦のあった場所の写真がありましたら、機会がありましたら載せていただきたいです。そこで先祖が討死にしております。お参りしたいです。
    これからの写真も期待しております。
    宜しくお願い致します。

    1. kunorikunori様
      コメントありがとうございます。うれしく拝見しました。
      リンクの件ですが、ご自由にしていただいて構いません。
      引用の際は、出典として当該ページのリンクを張っていただければ助かります。
      唐崎合戦のことはまた調べてみますね。

      「九里を探して」、大変興味深く拝見しました。近江にゆかりのある記事が多くて驚きました。
      九里氏は近江にゆかりのある姓名のようですね。ウィキペディアに「北陸および近畿の氏族」「近江国蒲生郡九之里村(九里村)および近辺の地名」とありました。
      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E9%87%8C
      ひいおじいさまのルーツが判明しますよう、お祈りしております。

  2. j.kanematsu 様

    返事が遅くなってしまい申し訳ございませんでした。
    リンクの件ありがとうございました。
    私のブログの左側にブックマークという場所があり、そこにも記載させてください!

    近江国、ステキですね。いつの日か暮らしてみたいと思っております。
    この度はありがとうございました。また写真に会いに遊びに来ます~! kunorikunori

  3. j.kanematsu様
    たびたびすみません。

    『近江国の風景』と題して、貴ブログを紹介させていただきました。
    ありがとうございます。

    そして、アルバム・ブログを見ていて『神田神社』がとても気になっております。

    きっと、九里も場所は近江八幡ですが、同じようなこと(鮒・御厨)をしていたのでは・・と思います。

    それでは、また!  kunorikunori

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