教林坊の紅葉(滋賀県近江八幡市安土町石寺)

教林坊
安土の繖山(きぬがさやま)の麓に、聖徳太子によって605年に創建された寺がある。教林坊という天台宗の寺で、白洲正子さんの著作には「石の寺」「石寺」として登場する。

麓の石寺という部落は、世捨人のような風情のある村で、かつては観音正寺の末寺が三十以上もあり、繁栄を極めたというが、現在は教林坊というささやかな寺が一つ残っているだけである。(白洲正子『かくれ里』


Photograph of Kyourinbou-Temple(Aduchi,Shiga,Japan).
教林坊庭園-1
付書院からの眺めは「掛軸庭園」と呼ばれ、一番美しい眺めとされる(写真)。
自然を切り取って四季折々の山水掛け軸に見立てる。日本独自の感性と言えよう。

教林坊庭園-2
その庭園は、慶長年間(1596-1614年)に古墳の石を利用して造られた。
桃山時代の池泉庭園で、地元では小堀遠州作とも伝えられている名勝である。

ここで私の興味をひいたのは、慶長時代の石庭で、いきなり山へつづく急勾配に作ってあり、よく見ると、それは古墳を利用してあるのだった

石室の巨大な蓋石を、そのまま庭石に使ってあるのだが、不自然でなく、日本の造園の生い立ちといったようなものを見せられたような感じがする(『かくれ里』

太子の説法岩
「太子の説法岩」。寺名の「教林」は、太子が林の中で教えを説いたことに由来する。
本尊の赤川観音は、この説法岩の下の大きな岩穴の中にある。穴の中は暗くてよく見えなかったが、それがいいのかもしれない。村娘の難産を助けたという言い伝えがあり、安産、子授け、良縁成就の観音さまである。

太子の説法岩の裏側に、小さな石仏
「太子の説法岩」の裏側に、小さな石仏があった。もみじと苔が目に鮮やか。

別名の「石の寺」は、太子の歌に由来する。
「九十九折れ たずねいるらん 石の寺 ふたたび詣らな 法の仏に」
ここから、二度参りによる心願成就の寺として信仰を集めてきた。
ちなみに集落の名も「石寺」(近江八幡市安土町石寺)となっている。


一面のもみじと竹林が印象的で、秋は紅葉とライトアップでにぎわう教林坊。
今の姿からは想像がつかないが、昭和50年(1975)頃から無人となり荒れ寺になった。
白州さんが来坊されたのは、その前の昭和44年(1969)1月だったという。

平成7年(1995)に現在のご住職が20代で赴任し、地元の方と一緒にここまで復興された。来坊の折に「荒れ寺復興録」という連載のコピーを頂いたのだが、とても興味深かった。本堂の改修は、ご住職がほとんどお1人でされたという。その姿を見た地元の方が、屋根を葺き、竹林を開墾して園路を作り、駐車場を整備した。

本堂を壊しているように見えたというから、修復していると分からなかったかもしれない。だけど、屋根に上がって毎日ひとりで奮闘している姿を見ていてくれた人がいた。
それもまた、かけがえのない尊いことだと思う。

青年が荒れ寺の中にまばゆい緑の空間を見たとき、皆で笑ったら、復興は遠ざかっただろう。1人の青年が決意して、ひとりで始めたことが、一つのお寺を蘇らせた。人の気持ちのもつ力は、かけがえのない尊いものだと改めて思う。

教林坊庭園-1

教林坊庭園-2

教林坊庭園と本堂

太子の説法岩

太子の説法岩の裏側に、小さな石仏

教林蔵

教林蔵と青もみじ

※2013年6月に掲載した「沖つ島山1(安土のかくれ里、教林坊と老蘇の森)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(24)」の前半部分を再構成してお送りしました。青もみじの写真は2013年に撮影・当ブログで掲載したものです。

撮影地:滋賀県近江八幡市安土町石寺
撮影日:2015年11月24日(掛軸庭園と太子の説法岩は2014年11月に撮影)

 

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収録写真
【湖東】西明寺・金剛輪寺・百済寺(湖東三山)、永源寺
【湖西(大津)】石山寺、三井寺、日吉大社、西教寺
【湖北(長浜)】鶏足寺(旧飯福寺)、石道寺
【湖南】常楽寺・長寿寺・善水寺(湖南三山)
【東近江】不動寺、太郎坊宮、教林坊
【洛北】蓮華寺、古知谷阿弥陀寺、大原(三千院近辺)、赤山禅院

 

Photograph of Kyourinbou-Temple(Aduchi,Shiga,Japan).
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