坂越の町と、グランドオープン前の姫路城


平成の大修理が終わった姫路城(2015年3月22日撮影)。
2015年3月27日(金)にグランドオープンですが、既に外観を見ることができます。


城外の石垣のそばを歩いていくと、姫路城上山里下段がありました。
黒田官兵衛が秀吉から普請を命じられたという石垣だそうです。

※姫路城の撮影場所や周辺のお食事処は、姫路市観光協会に送っていただいた資料に詳しいです。
こちらから見ることができます!⇒姫路観光ナビひめのみち


撮影を兼ねて坂越(さこし)へ行って来ました。兵庫県赤穂市にある、瀬戸内海の静かな港町です。姫路からはJRで30分。堅田によく似た町だと感じて、昨年からずっと行きたいと思っていました。

上の写真は手前が坂越の町で、右に見えているのが生島(いきしま)。
奥には牡蠣の養殖棚が見えています。
私は普段海を見ない生活なので、海を見るとほっとします。


坂越は江戸時代に廻船業で栄えたところで、海に近い一角に「坂越の町並み」が残っています。どこか本堅田と似た町並みには、ゆったりとした時間が流れていました。


宝珠山(標高812m)のてっぺんまで登ってきました。20℃近い気温だったので、いい汗かきました。
中腹にある妙見寺は、俳優の火野正平さんがBSの自転車旅番組で訪ねた場所だそうです。


妙見寺観音堂からは、坂越浦と生島(いきしま)の眺めが素晴らしいです。


生島は、聖徳太子の側近だった秦河勝(はたのかわかつ)が漂着したところと伝わります。秦河勝は京都の広隆寺を創建した人物で、蘇我入鹿の乱を避けて海路で坂越に入ったといいます。

河勝は坂越で没したといい、後に生島の神として祀られるようになりました。そのため、生島は禁足地として守られ、「生島樹林」は国の天然記念物に指定されています。

ちなみに、秦氏は百済から来た渡来人といわれています。そういえば滋賀にも、平成の大合併以前には、秦氏にちなんだ地名(秦荘町)がありました。2つの町の歴史の長さを感じます。


生島に向かって建てられているのが、宝珠山のふもとにある大避神社(おおさけじんじゃ)です。
神社の門の向こうに、坂道の参道と鳥居、そして坂越浦と生島が見えます。
旅先の釜山で見た「海の見える踏切」のことを、ふと思い出していました。(そのときの写真はこちら


大避神社の祭礼(坂越の船祭)は、国の指定重要無形民俗文化財になっています。
広島の厳島神社管弦祭、大阪天満宮天神祭と並ぶ瀬戸内海三大船祭の一つでもあります。
そんなことを地元の方から教えていただきました。写真は大避神社境内にて。