近江路3(滋賀県湖南市:岩根の磨崖仏と善水寺/湖南三山そろっての紅葉の写真とともに)~近江山河抄の舞台を歩く(55)


日曜日の朝。曲がり角で道が3つあると言われると、何か意味があるのかなと思った。
そして、こういうとき、道の選び方に性格が出るような気がした。

私は徒歩だったので、最短の右の歩道を選んだ。いざとなれば車道に戻ればいい。
これは岩根というバス停を下りて、善水寺まで行こうとしたときの話です。


道は集落を抜けて山中に続いていた。最短路の場合、得てしてこういうことが多い。
日曜日の朝8時半過ぎだったので、大丈夫だと判断し、この道を行ってみることにした。


山中の石段を登っていく。
近江山河抄の舞台を歩く=寺社に参拝する=石段を登ると言って差し支えないと思う。
本当は上り坂は苦手なのだけれど、だいぶ鍛えられたのかもしれない(^-^;

水口の西北、東海道にそって、あまり高くない山がつづいており、この丘陵を「岩根」と呼ぶ。高くはないが、奥深い森林地帯で、すぐそばを東海道が走っているのが、別の世界のように見える。その名のとおり、岩石の多い所で、山中には善水寺という寺があり、石仏がたくさんかくされている。-白洲正子『近江山河抄』「近江路」


数分後、右手に観音堂が見えてきた。


観音堂の裏に巨岩(不動の大岩)があり、岩の左上に摩崖不動明王が刻まれている。
岩の大きさは東西19尺(約6m)、南北18尺(約5.5m)、高さ27尺(約8.2m)。
善水寺から頂いた資料によれば、摩崖仏には文亀四年(1503)の年記名があるという。


善水寺本堂まで、もう少し。
岩根山は地元の方が整備されているということで、歩いて伺う者にとってはありがたい限りだ。付近には僧坊跡(十二坊)の案内板があって、竹林の中に僧坊跡が点在していた。


先ほどの看板の左には、道の脇にたくさんの石仏が横倒しになって置かれていた。
紅葉に見送られながら再び参道に戻ると、参拝者用の駐車場の脇に出た。朝9時前。


国宝の善水寺本堂。南北朝時代、貞観五年(1366)の再建。
期せずして一番乗りとなり、ゆっくり撮影させていただいた。
とても大きな、威風堂々としたお堂で、名実ともに一枚には収まりきらないスケールがある。


善水寺本堂と庭園。紅葉が彩りを添える。

伝承では、奈良時代の和銅年間(708~715)に元明天皇の勅命により創建されたとある。
国家鎮護の道場として開かれ、当時は和銅寺と号した。その後平安時代に最澄が入山して天台宗の寺院となり、後に善水寺と名を改めている。

最澄は、比叡山延暦寺を開く際、寺の材木を湖南市の奥の甲賀市一帯に求めている。
だが材木を横田川(野洲川)に流す時、日照り続きのため水量が少なく、うまくいかなかった。そこで雨乞いの地を探したところ、岩根山中腹より一筋の光が目に差し込んだという。山中に薬師仏を勧請し、請雨の祈祷を七日間行ったところ、大雨が一昼夜降り続いた。材木は一気に川を下り、琵琶湖の対岸にあたる比叡山の麓に無事着岸したという。


桓武天皇が病気の際、最澄が岩根の薬師仏の前で祈祷し、水を献上すると治癒された。
そこで善水寺の寺号を賜ったといい、由来となった水が元三大師堂の横に湧いている。
参拝者用に飲めるようになっていたので、柄杓に受けて、手に掬って一口戴いてみた。
ずっと気を張って撮影してきたせいか、一口の湧き水は最高のご馳走だった。
もしかしたら、政務に追われたであろう桓武天皇にとっても、そうだったのかもしれない。(撮影日:2013年12月1日)

善水寺:滋賀県湖南市岩根3518
http://www.zensuiji.jp/



旧甲西町(湖南市)には摩崖仏が多く見られる。この機会にぜひご紹介したい。
善水寺の前から右へ車道を下りていくと、目の前に空中楼閣のように不動寺が現われる。
(ちなみに写っているのは他のハイカーさんです。)


紅葉の不動寺。
伝承によれば、延暦年間(782~805)に空海が創建した寺で、もとは清涼山と号した。
享保十九年(1734)に火災に遭い、寛延二年(1749)に再興して岩根山と称する。
現在は黄檗宗の寺になっていて、地元の方がお堂を管理されている。


不動寺の摩崖不動明王尊。寺に隣接する巨岩に一体刻まれている。
像高150cm、肘幅77cm、顔28cm、顔幅30cmで、鎌倉時代の作。
右側に「建武元年(1334)三月七日、卜部左兵衛入道充乗造之」の銘がある。
ちなみに卜部とは、不動寺の代々の住職の姓だという。


岩根花園集落の摩崖不動明王尊。車谷不動と呼ばれ、江戸時代初期の作という。
像高425cm、肘幅210cm、顔幅80cm、右手に持った宝剣の長さ2.3mと、かなり大きい。
道の向こうから撮影しても、摩崖仏の表情がはっきりと分かる。
場所は、善水寺の近くの十二坊温泉ゆららから、1km程山道を下ったところにある。
※場所の詳細は滋賀県湖南市観光ガイド ぶらりこなんをご参照下さい。

以前、甲西駅から車谷不動を経て、善水寺、不動寺を訪ね、三雲駅まで歩いたことがある。
参考までに書くと、甲西駅から車谷不動までは確か40分ほどかかった。
駅からまっすぐ歩いて甲西大橋を渡り、小学校の辺りから山道に入った記憶がある。
不動寺と車谷不動はそのときに撮影したもの。誘ってくれた友人には感謝しきれない。

廃少菩提寺 閻魔像(閻魔地蔵)(滋賀県湖南市)
廃少菩提寺 閻魔像(閻魔地蔵)。
こちらは6月に紫香楽の宮6(正福寺と廃少菩提寺)でご紹介している。

廃少菩提寺 石造多宝塔
廃少菩提寺 石造多宝塔。

中でも少菩提寺跡の石塔はみごとなものである。高さ四・五五メートルの大きさで、仁治二年(一二四一)の銘がある。見なれぬ形なので、寄せ集めかと思ったが、そうではなく、近江に特有の二重の多宝塔であるという。いい味に風化しており、その背後に菩提寺山が深々と鎮まっているのは、心にしみる風景である。-白洲正子『近江山河抄』「近江路」


平成16年10月1日、旧石部町と旧甲西町が合併して「湖南市」が誕生した。
平成17年11月より善水寺と併せて湖南三山と称されることになったのが常楽寺と長寿寺だ。

善水寺を撮影した日の午後、旧石部町にある常楽寺と長寿寺にも寄せていただいた。
湖南三山そろっての紅葉をご紹介したい。写真は国宝の常楽寺本堂。


こちらは国宝の常楽寺三重塔。
今のご住職が赴任したときは、三重塔がどこにあるか分からないくらい山が茂っていたという。現在の美しい風景は、ご住職自ら山の手入れをされてこられた賜物だと、私は思っている。


西寺の集落と常楽寺本堂の屋根。撮影した日、常楽寺の紅葉はちょうど見ごろだった。
湖南三山の善水寺や長寿寺と比べると、紅葉の時期は遅めといえる。
ちなみに湖東三山では例年、百済寺の紅葉だけ遅めになる。ご参考までに。

常楽寺:滋賀県湖南市西寺6丁目5-1
http://www.eonet.ne.jp/~jo-rakuji/


常楽寺から1.2km先にあるのが、長寿寺。常楽寺からは一本道だ。


山門をくぐると、優しい色の紅葉が迎えてくれる。
長寿寺は常楽寺同様、聖武天皇の紫香楽宮の守護として、良弁により開かれた寺である。どちらも秋以外は予約が必要だが、2013年6月にも伺って撮影させていただいている。


奥に長寿寺の本堂が見えてくる。

が、なんといっても美しいのは、東寺(長寿寺)と西寺(常楽寺)であろう。
ことに東寺のたたずまいは優雅である。楓と桜並木の参道を行くと、檜皮葺の屋根が見えて来て、赤松林の中に鎮まる鎌倉時代の建築は、眺めているだけで心が休まる。-白洲正子『近江山河抄』「紫香楽の宮」

▼長寿寺本堂の写真はこちらから御覧いただけます。
紫香楽の宮5(青もみじの季節に訪ねる、常楽寺と長寿寺)

長寿寺:滋賀県湖南市東寺5丁目2-27
http://www.burari-konan.jp/konan3zan/tyoujyuji.html

 

次回予定:日枝の山道5(比叡山横川から飯室谷まで、千日回峰行の道を駆け下りる)


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