日枝の山道2(穴太積の石垣、坂本の里坊、慈眼堂の石仏、日吉東照宮)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(15)

穴太積の石垣(滋賀院門跡)
「穴太衆」は中世に活躍した石工集団で、日本の城の石垣の大半を手掛けたとされる。
江戸城、名古屋城、金沢城、彦根城、安土城、二条城、大阪城、姫路城、竹田城などだ。

穴太(あのう)は大津市坂本近郊にある集落で、穴太出身の石工集団を穴太衆と呼んだ。彼らは安土桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍したが、分かっていないことも多い。穴太には古墳が多いことから、渡来人の技術を受け継いだ集団とも言われている。

比叡山延暦寺と日吉大社の門前町・坂本には、「穴太積」と呼ばれる石垣が数多く残っている。
中でも、滋賀院門跡の石垣は、見事というほかない精緻な美しさがある(写真)。

穴太の技術は粟田家に継承され、現在は建設会社として活躍されている。
粟田建設のHPでは、穴太積の歴史や、現代の穴太の技術を、写真で見ることができる。
http://www.geocities.jp/awata_i/index2.html

坂本の里坊と桜の下の僧侶
日吉大社に向かう参道の両側には里坊が続く。僧侶が桜の下で打ち合わせをしていた。

里坊とは、山寺の僧などが人里に構える住まいをいう。(出典:コトバンク
坂本の里坊は穴太積の石垣を持ち、見事な石塔や石橋が残っているところが多い。

坂本の里坊は、天台座主の常駐の御殿か、山上での修行を終えた老僧に与えられた坊舎だ。山から流れる渓流、豊富な石材、苔に適した土質と気候、借景の自然という条件も揃っている。それゆえ、坂本の里坊に美しい庭園がみられるという(『滋賀県の歴史散歩』(山川出版社))。

中世の坂本は琵琶湖に面した水運の町で、北国から京都への交通の要所だった。
もっとも栄えたのは室町時代で、人口は一万数千人あったという。

織田信長の比叡山焼き討ちのとき、門前町の坂本も焼け、衰退していった。
それでも坂本には、延暦寺の里坊が50ほど残っており、美しい町並みがある。

慈眼堂入り口
滋賀院門跡のそばに、慈眼堂(じげんどう)がある。延暦寺を復興した慈眼大師の墓所だ。

話が少し飛ぶが、高島市の鵜川(白鬚神社の近く)に四十八体仏と呼ばれる石仏がある。実はこの慈眼堂にそのうちの十三体がある。

慈眼堂の阿弥陀如来石像
慈眼堂の阿弥陀如来石像は、室町時代に作られ、江戸時代に鵜川から移されたという。
鵜川四十八体仏については、「比良の暮雪」の項で、後日ご紹介する予定。

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慈眼堂の奥にある石垣(穴太積)の前に、十二体の石仏が等間隔で並んでいる。

案内板がないので少しわかりにくいのだが、十三体目は別の場所にある。
せっかく来たのに、十三体目に出会えなくて帰った人もあるらしい。とても残念な話だ。

慈眼堂の阿弥陀如来石像(十三体目の石仏)
十三体目の石仏は、石垣の脇の小さな階段を上がった墓所に隠れている(写真)。

石仏の背後には車道が走っていて、比叡山ケーブル坂本駅の乗り場のすぐ南側になる。
この石仏のある場所からは、小道を抜けて安全に車道に出ることができる。
車道に出て急な坂道を少し登ると、目の前に見えるのが、日吉東照宮の鳥居である。

日吉東照宮の鳥居
日吉東照宮というと、見るのは↑こういう写真か、写真がないかのどちらかが多い。

その理由は・・・

日吉東照宮の石段
傾斜が半端ではないのだ。急斜面に立つ上、石段の数も段差も半端ではない。

実はこの先もまだ石段があって、登りきったと思ったらまた石段。ここは比叡山の麓だった。この機会に上まで行くことに決めて、一段一段登っていった。

後から知ったのだが、この階段を迂回するルートがある。
比叡山高校のグラウンドが近くにあり、運動部のマネージャーらしい生徒さんに会ったからだ。
彼女はアスファルトで舗装された道を登ってきて、こんにちはと挨拶してくれた。
坂本ケーブル乗り場の方から入ってこれる道があるとのこと。行かれる方はご参考に。

日吉東照宮の透塀唐門と桜の花
山王祭の日、静かな境内で迎えてくれたのは、朱色の透塀唐門と、淡い桜の花だった。

日吉東照宮は、その名のとおり、徳川家康を大権現として祀る社殿である。
天海僧正(※)が建てた東照宮のうちの1つで、江戸時代前期に完成したといわれる。
明治以降は、日吉大社の末社となっている。

※徳川家康の側近として、江戸幕府初期の朝廷政策・宗教政策に深く関与した僧侶。
諡号は慈眼大師。先ほどご紹介した慈眼堂が、天海の墓所である。
家康を祀った日吉東照宮の麓に、天海僧正は眠っていることになる。

日吉東照宮の唐門(左上)

日吉東照宮の唐門(中央上)

日吉東照宮の唐門(右上)
↑唐門(重要文化財)。豪華絢爛な装飾で、息を呑む素晴らしさ。彫刻も見事だ。

日吉東照宮社殿
↑社殿前方(写真左)が拝殿、後方が本殿。2つの建物をつなぐ構造(権現造)である。

日吉東照宮本殿-1
↑本殿(重要文化財)。赤がとても印象的に使われている。

日吉東照宮本殿-2
↑こちらも本殿。総黒漆塗り・極彩色の豪華な社殿だ。

日吉東照宮拝殿
↑拝殿(重要文化財)。総黒漆塗りで、黒の使い方がとても効いている。

日吉東照宮の極彩色を見て、朝鮮王朝の昌徳宮や寺院に見られる彩色と似ていると思った。
だが、この黒の効かせ方は、向こうでは見たことがない。

『滋賀県の歴史散歩』によれば、日吉東照宮は日光東照宮の一年前に完成している。
そのため、日光造営の大工棟梁(甲良宗広)が腕を磨いた試作品だったという説もある。

日吉東照宮は、日光ほど知られておらず、昌徳宮や仏国寺のような世界遺産でもない。だが、国宝や世界遺産に引けをとらないと感じさせる、素晴らしい拝殿だと感じた。

眼下に広がる琵琶湖(日吉東照宮の境内から)
日吉東照宮の境内からは、眼下に琵琶湖がよく見える。(2013年4月13日撮影)
ここまで登ってくるのは大変だったが、来て良かった。素晴らしい建築に出会えた。

※内部拝観は日祝限定。境内自由。詳細は⇒http://hiyoshitaisha.jp/toushougu/

 

堅田漁協の朝市のお知らせをはさんで、「紫香楽の宮1(瀬田川と石山寺)」へ続きます。


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